作文〜1〜

□バニラ
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バニラ

 三橋が食べてるカップアイス。
「何食ってんの?」
「バニラ だよっ」
「うまい?新しいやつ?」
「新発売だ よっ」
プラスチックのスプーンでさくっさくっと削るようにしながら白いクリームのかたまりを口に運ぶ。
「かてーの?シャーベット?」
「か かたく ないよっ 」
そんなに甘いものが得意じゃないけど、三橋が食べているアイスクリームは格別にうまそうだった。
きっと口どけがよくて、バニラの甘い香りが鼻の奥を駆け抜ける気がした。
「俺も買ってくっかな」
ただ、同じ味を共有したかっただけだった。
本当だったら腹にたまるものを買って、帰宅までの空腹を凌ぎたかった。
同じ100円出すのに、アイスクリームだと腹もちはよくない。
でも、三橋の幸せな顔を見ていたらどうしてもその白いバニラアイスを自分の口に運びたくなった。
「阿部くん 食べる?」
三橋はそう言うと さっきより少しクリーミーになったアイスをふわっとスプーンにすくった。
阿部の口元に差し出してにこっと笑った。
「ど うぞ」
―やべ めちゃくちゃ うれしい―
ギャラリーの視線が気になる。しかし、このチャンスは逃せない。
「じゃ 味見な」
照れ隠しのために余計な一言がつく。
そのまま口を持っていくのがものすごく恥ずかしかった。
だから、三橋の手首を握って口に運んだ。
「あまっ・・けど うめーな」
三橋は眩しそうに俺を見ながら一緒に笑った。
「美味しいよね 練習終わったあとのアイスは最高だね」
「さんきゅ」
名残を惜しみながら握った手首をゆっくり解いた。
「阿部くん もう一口食べる?」
三橋が慌てながらもう一口分スプーンにクリームもすくい始めた。
さっき口に運んだバニラアイスのかたまりが溶けて口の中に広がった。
冷たい、甘い、溶ける、もっと甘い。
あぁこれが「恋」だ。

バニラの甘さに酔いながら、三橋から目の前に差し出されたアイスを再び口に運んだ。
「阿部くん 美味しい?」
冷たくて、甘くて、溶けて、溶けて、溶けて、そしてもっと甘くなる。
「好き かも」(お前が・・)
阿部はぼそっと一言つぶやいた。
三橋の笑顔は最上級に変わった。
阿部は頬を真っ赤に染めながらその甘さをかみしめた。
(通じた。)

「俺も・・もう一口いる?」
少しずつ液状になりつつあるバニラアイスを二人は交互に食べ続けた。
二人だけの甘い甘い時はゆっくりと流れて行く。

 周囲のチームメイトは皆気がついていた。
三橋廉の「俺も・・」は、新商品のアイスクリームのことだと。
いたたまれない気持ちで小さなため息を皆はついていた。
二人の幸せを祈れば黙っていることが一番だと暗黙の了解だった。


―終わり―




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