作文〜1〜

□片思い★はじめました
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―片思い★はじめました―



 午前中で練習を終えて帰宅した日曜日。
明日からはテスト前で練習は休み。
テストが終わるまで土日を挟んで10日間。
クラスが違えば逢える機会が極端に減る。
だから・・何・・。

 さっきから鳴らない携帯電話を何回も見つめていた。
時間は一向に経つ気配を見せない。
グラブの手入れは終わった。簡単に昼ごはんも食べた。
家には誰もいない。阿部家は弟優先。今日は確か練習試合だ。
両親ともに応援に行くと言っていた。
広々としたリビングで何をしてもいいはず。
ゲームをやるか、撮りためたDVDを見るか。
どちらも心が動かない。
携帯電話はやっぱりならない。

 帰り際、三橋に声をかけた。
「数学 わかんないとこあったらいつでも電話しろよ
今日 昼から俺んち来て試験勉強してもいいぞ」
三橋は頷いた・・はずだ。
強引に頷かせたのか?違う、嬉しそうに「こくこく」と音がでそうだった・・はずだ。
そう、全てに「はずだ」がついてしまう。
三橋に好かれていると言う自信が1%もないからだ。
自分からは歩み寄っているはずなのに何故か距離が縮まらない。

 又、電話を見つめた。
―俺から電話してみっか・・・―
携帯をぎゅっと握りしめた手が熱い。
―メール・・してみっか・・―
指先が迷う。メールするにしても文章が思いつかない。
俺は深いため息をついた。
練習が終わって、チームメイトと別れた。
チームメイトと別れたことに寂しいって思ったことが今まであっただろうか?
三橋に送るメールの文章が思いつかないことがあった?
もう一度深いため息をついた。

 『ピンポーン』と、チャイムが鳴った。
面倒くさそうに俺は玄関に向かった。
どうせ、母親が通販か何かで頼んだ宅配か何かだろう。
相手を確認することもなくドアを開けた。

「阿部くん」
三橋の前髪が午前中よりちょっと短くなっていた。
「おう」
嬉しいくせに、そんな顔見せることができなかった。
「これ、お母さんが持って行きなさいって」
冷えたスポーツドリンクの袋を俺に差し出した。
「お前 これ重くなかったか?ありがとな。まぁ入れよ。今誰もいねーけど」
「大丈夫だよ。お邪魔しまーす」
やっぱり、三橋の髪は前髪だけじゃなくて全体的に短くなっているようだ。
思わずその髪に触れたくなる衝動を抑えた。
―おかしいよな・・それって―
胸がバクバクする。最近、何かが自分の中で変わってきている。
「三橋 髪 切った?」
三橋はきらきらした瞳を俺に向けて笑った。
「わかる?阿部くん?
練習から帰って前髪 お母さんにちょっと切ってもらったんだよ。
でも、お母さんが少し後ろもそろえるねって言うから。
本当にちょっとだけだよって。だからちょっとだけ切っただけなのに。
阿部くん気付いた?うひっ」
なんだよ。そんなに嬉しいのかよ。やっぱり、その髪に触れたい。触れたい。
なにげなく前髪に手をスッといれて、優しく前から後ろに梳いた。
「高校生にもなってお母さんに髪切ってもらってんのかよ」
ちゃんとさりげなかっただろうか?柔らかい髪が指先をくすぐった。
それだけで胸がいっぱいになりそうだ。
「ほんとに前髪ちょっとだけのつもりだったんだ。もしかして・・おかしい?」
上目遣いで俺を見る。見るなよ。そんな目で俺を見るな。恥ずかしそうに俺を見るな。
ふと目を逸らしてしまった。
「おかしく ない」
「ふーよかった。ちょっとどきどきしちゃった」
「おかしくない 似合ってる」
「あ ありがとう 阿部くんは髪 お母さんが切る?」
なんだか一瞬、甘酸っぱい空気を感じたのは俺だけ?
「切らねーよ。」
ちょっとだけ声が大きくなった。
又、三橋を驚かせてないかと不安になったけど大丈夫そうだ。甘酸っぱい雰囲気って思った自分が怖くなって。
自分だけがそう思ってるじゃないかと思ったらさらに怖くなって。
なんでそんなこと思ってるんだって思ったらもっと怖くなって。そしたら、大きな声になっていた。
感情がごちゃごちゃしはじめて、ちょっとだけパニクっていた。
突然、三橋が少しだけ背伸びをして、いきなり俺の髪に触れた。
「阿部くんの髪は黒いし、硬いよね?帽子の跡とかくっきり残る時あるよ ね?
髪ぐじゃじゃってしたら型とれる?」
何が面白いのか、髪の毛を掌で撫でつけたり、つんつんとつついたりしていた。
ちょうど、身長が自分と同じぐらいになり三橋の顔が真正面にくる。
楽しそうに笑いながら俺の顔をじっと見ている。
柔らかそうな頬。大きな瞳。ちょっとかさついてる唇。
こんなに近い距離で三橋の顔を見つめている。俺の心臓の音はさっきから鳴りっぱなしだった。
いや、心臓は鳴りっぱなしで正解だ。そうじゃない、心臓が止まりそうだった。
それも困る。何を言いたいのかわからないぐらい今自分は困っている状況だった。
「阿部くん?」
三橋の顔が不安そうに俺の顔を覗き込んだ。
近い。近いと思うのに離れたくない。
「阿部くん?」
何かを試されている気がする?
今日はずっと試されている気がする。

鳴らない電話・何を書いていいかわからずに送れなかったメール
寂しかった一人の家 何もする気が起きない一人の時
三橋に触れたい気持ち・三橋から触れられた感触・至近距離の三橋
爆発しそうな心臓 壊れそうな心臓

違う 試されてるんじゃない。
認めればいい。そう潔く認めよう。

―片思いはじめました―
 俺の中で今までさぼっていた「恋」という部屋の扉が開いた上に看板まで出された感じ。

そうか、はじまったか。
潔く認めた俺は三橋に向かってくるりと背を向けた。
「三橋!勉強すっぞ」
そのまま部屋までゆっくり歩いた。
はじまったばかりの片思い 
戦略が何もない俺は黙って今日は試験勉強に集中しようと諦めた。
そう、今日の所は作戦がないから。それでも「片思い」をようやく認めることができた自分の気持ちがほっとした。


 阿部は自分のことでいっぱいいっぱいだったので大事なことを忘れていた。
そんな阿部の後ろをついて歩いていた片思いの相手のことを。
―阿部くんの髪 硬かったな。又、触りたいな。触らせてくれるかな?
 阿部くんと勉強 楽しみだな。二人きりはじめてだ。嬉しいぞ。
阿部くん 俺が髪ちょっと切ったのわかってくれた。
俺の髪も触ってくれた。又触ってくれるかな?ふひっ―

嬉しそうに歩いている三橋の顔をちゃんと見れば、三橋の気持ちも伝わってくるはず。
ようやく開いたばかりの「恋の扉」。
まだまだお互いの顔がしっかり見えるようになるには時間がかかりそうな予感。


―終わり―




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