作文〜1〜

□帰り道
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帰り道


 三橋に彼女ができた。

 俺が3人目の彼女と別れた翌日に・・

 最後の夏が終わった9月の出来事だった。


 三橋に彼女ができた話は、一瞬で広まった。
髪が長くて、小さい同級生。
一緒に下校しているところを数回見かけた。
よりによって・・なんで俺が別れた翌日になのか?
三橋からなのか?彼女からなのか?
俺は何も知らなかった。

 放課後の教室。最近の変な習慣。窓際の席に座って外を眺める。
はちみつ色の髪を見つけた。その横に黒い髪の小さい女子がいる。
一生懸命彼女の話を聞いている。コクコクとうなずいている。
(きっと真っ赤になってるんだろうなぁ・・)と、思った瞬間
三橋が上を見上げた。一瞬、視線があったように感じたけど、そのまま三橋の視線は通り越して空に昇った。
見えなかったのか?見えないふりをしたのか?

「阿部〜 まだ帰んねーの?」
クラスメイトの声が聞こえる。
(追いつけねー距離になったら帰る)
心の中の言葉をこぼさないようにぐっと胸の中に抑え込んだ。
「帰るか・・」
窓をゆっくり閉めた。9月の日差しはまだ夏の名残りを残していた。

(俺らの夏って・・本当に終わったんだな・・)
かばんを肩にかけながら、ゆっくりと教室を出た。
「俺らの夏」=「野球の夏」だけじゃないことを阿部は何度もかみしめていた。
試合は二人でやっているんじゃないと誰かに言われたことがある。
それでも、「俺ら」だけがわかる瞬間がある。
それでも、「俺ら」だけが通じる時がある。
だから・・「野球部」の「夏」が終わったのとは別に、「俺と三橋の夏」が終わった瞬間だった。

 
 半袖のシャツから長袖へと季節がゆっくりと移り変わっていった。
さすがに毎日じゃなくなったけど、なんとなく教室の窓から二人の姿を目で追う習慣ができつつあった。
二人の距離が縮まったように見えるときもあれば、付き合いはじめたばかりの初々しさをまとっているようにも見える。
それは全て上から見る一瞬の景色。「帰り道」とでもタイトルをつけて絵が描けそうだ。
(俺・・何してんだろうなぁ)
自分だって彼女がいたじゃないか。一方的に告白されて、一方的に別れた彼女たち。
一緒に帰った記憶。三橋に見せつけるように、わざわざ部室の前で待たせていた。
手をつないだ記憶。三橋の姿が見えた途端に彼女の手をとる。
姿が見えなくなった途端、「ごめん」とゆっくりほどく。
手の感触すら記憶から無くす。翌朝に触れる手の温度の方が大事だったから。
3人付き合った彼女たち。
誰ともそこから先には進めなかった。その前に必ず別れがくる。
結局そこに「何もなく」て「何がある」かが見破られてしまう。
別れは突然やってくるけど、俺はうなずくだけだから。
そこに「恋」は生まれてなくて、そこに「何も」始まらなかったことに謝ることもせず、その別れに「うなずく」だけだ。
 もしも、三橋が彼女と手を繋いでいたら。風景の一部の二人が生々しく感じる。かきむしりたくなるように胸が痛い。
帰り道にキスをしていたら。抱き合っていたら。三橋が彼女を求めていたら。抱きしめて、そして・・。
息苦しい。苦しくて苦しくて胸が痛くて。だから、景色のままでいて欲しい。俺の中で二人はただの「帰り道」の風景でいて欲しい。


 3人目の彼女と別れた直後に俺は三橋に電話した。
なんで、急にそういう気分になったのかわからなかったけど。
突然、三橋に伝えたかった。別れたってことを。

「なんでそれを俺に言うの?」
俺もわからなかった。それでもどうしても三橋の声が聞きたかった。伝えたかったから。
「なんでだろ?なんかお前に急に言っときたくて。
そういえば 俺 一回も俺から別れようって言ったことねーんだぜ。
向こうから付き合おうって言うくせにな。なんだろうな。」
「阿部くん は ずるいね」
三橋の声のトーンが落ちた。俺は気がつかないふりをして話を続けた。
「そういえば 今まで別れた子 全員から最後におんなじこと言われるんだぜ」
面白そうな話をするように、ちょっとふざけた感じに声を高めた
三橋からの応答はない。一方的に話を続けた。
「野球と私どっちが大事?なんてことは聞かないけど、三橋くんが一番大事だよねだって。それどういう意味だよってな。」
最後に大げさに笑って見せた。
受話器の向こうから、気配すらしない気がした。
電話越しにも空気って凍るんだって初めて知った。
「阿部くん それ 俺に言って 俺に 俺に なんて返して欲しいの?一緒に笑えばいいの?」
「みは・・」
「笑えないよっ」
電話が切れた。
もう・・ツナガッテナイ・・
ツナガッテナイのは電話だけなのか・・
それとも三橋と俺なのか・・





 三橋が見上げる。又だ。三橋の癖だろうか?
足を止めるわけではないが、一瞬、ほんの一瞬、俺の教室の窓を視線がかすめる。


(帰るか・・)
深いため息をつきながら、下駄箱に向かった。
なるべくゆっくり歩いた。追いつかないようにしなくては。
ゆっくり。ゆっくり。追いつかないように。

 一番上の段から靴を取りだして、上履きと入れ変えようとした。
その時、背後に気配を感じた。

「阿部くん」
はぁはぁと息を切らし、首筋に汗が流れていた。
「三橋?お前 帰ったんじゃねーの?」
俺はさっき見た「風景」を思い出しながら声をかけた。
「なんで 俺が帰ったって知ってるの?」
教室から見てたのがばれると気が動転しつつ、何か言い訳できないか頭をフル回転させた。
「なんでって・・いや。ほら・・もう。どこのクラスも帰ってるみたいだから。お前もそうかなって思って。」
「そっか・・」
「忘れ物か?」
三橋はポケットからくしゃくしゃのハンカチを出して汗をぬぐっていた。
俺の目を見て、ちょっと悲しい顔をしながら笑った。
「阿部くん 俺ね。今 彼女とさよならしたんだよ」
―さよならって・・?―
聞きたい言葉を飲み込んだ。
三橋が言っている言葉だ。よく考えろ。帰宅してるんじゃないか?「さよなら」ってそういう意味だろ?
変なことを考えるな。
俺は何も言わずに三橋の強い視線だけを見つめ返した。
「阿部くん 俺 駄目だった・・彼女のこと好きになれなかったんだ。だから俺からごめんなさいってちゃんと言った。」
そういう意味でいいのか?別れたって言ってるのか?
だから、だけど・・
進めない。ここから先には進めない。
「俺から言ったんだよ。わかる?阿部君?」
三橋は大きな声で繰り返す。大きな声で自分から別れを告げてきたと繰り返す。
俺が、一度もできなかったことを三橋はやってきた。

―阿部君は ずるいね―

三橋に言われた言葉を急に思い出した。

―なんでそれを俺に言うの?―

三橋が彼女と別れを告げたと言う報告と、
俺が告げた報告は同じことなのに違う。
俺の器の小ささと、三橋の器の大きさがわかる。
いつも、守っていたと思っていたのに、守られていたことがわかる。
自分の小ささがわかる。
立ち止まってばかりだ。人を傷つけてばかりだ。
俺は両手のこぶしをぎゅっと握りしめたままうつむいた。
三橋は、自分で別れを告げてきた。
三橋は、ちゃんと自分で終わりを告げてきた。
もしかしたら、始まりは向こうからだったかもしれない。
それでも、三橋は男だ。ちゃんと終わりを告げることができる。
自分の気持ちに正直な男なんだ。
まだ、俺は言葉がでない。卑怯な自分。女々しい自分。ずるい自分。
三橋に瞳に映りたくない。それなのに、三橋の顔を見たい。見たい。
見たくて見たくてたまらない。
ようやく、顔をあげた。三橋は俺の瞳に映っていて。俺も三橋の瞳に映っている。
「阿部くん 俺が彼女とつきあったのは、彼女からこう告白されたからなんだよ
『阿部くんの次でいいよ。ずっと見てたからわかるんだ。でもね。いつか三橋くんの一番になれる可能性が少しでもある間は
そばにいたいんだ。それでもね。やっぱり駄目だって思ったらその時はちゃんと三橋くん言ってね。』って。
すごいよね。すごくいい子だったんだよ。その子のことすごく好きになれるって思ったんだよ。いつかいつか
阿部くん以上になれるって。そう思ったんだよ。そう。嫌いじゃないんだ。その子のこと。いい子だし。可愛いし。
いつかこの子とこの子と・・大人になるんだって。そう思ったんだよ。でもね。阿部くん。違うんだ・・阿部くんっ」
三橋の声がどんどん大きくなる。
誰もいない、下駄箱で俺は三橋に肩を掴まれてゆさぶられた。
大きな瞳から涙が落ちる。
それでも、まだ何も言えなかった。どうしても言えない。
「阿部くんはいつまで誰を待ってるの?ずっと見てるだけなの?阿部君はそんなにすごいの?なんではじめてくれないんだっ。なんで?」
大きな音を立てながら下駄箱に背中が打ちつけられた。どんどんと何回もぶつかる。
もう無理だ。思った瞬間三橋を抱きしめた。
ここが、学校で人気は少なくてもまだ残っている人がいる場所だとわかっていてもぎゅっと抱きしめた。

「阿部くん・・」
三橋の涙がシャツに染み込んだ。
薄手のシャツがじんわりと濡れた。

「三橋。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。」
「阿部くん・・」
「諦めようって思って。何回も何回も思って。諦めようと思う。でも、お前が俺のそばから離れないんじゃないかって・・
離れられないんじゃないかって思って。離れられないのは俺だったのに・・お前も俺もここで止めればまだ・・まだ・・」
三橋の手に力がこもった。
「阿部くん もう 無理だよ・・オレ やだったよ。阿部くんが彼女と手つなぐのとか。やだったよ。頭の中とここがぎゅって痛かったよ」
ゆっくり手を離して、左胸のシャツをぎゅっと握った。
「ごめ・・三橋 」
「阿部くんは本当に性格悪いよっ それでも嫌いになれないんだ。意地悪なこと平気でするし。
困るようなことを言ってくる。それでも駄目なんだよ。好きとかじゃないんだよ。もう。駄目なんだ。阿部くんじゃないと俺。駄目なんだ」
「三橋・・オレ・・」
一方的に三橋に言われて何か俺も言わなくちゃと思うけど言葉浮かばない。何も伝えられない。
「もういいよ。阿部くん。何も言わなくていいから・・だから・・俺のそばにずっといて。ね・・阿部くん 他の人に頷かないで。阿部くん」
完敗だった。三橋にも。三橋が付き合った彼女にも。
そして、俺がどれだけ子供だったか。今まで付き合った彼女たちの気持ちをどれだけ傷つけたかようやくわかった。
涙があふれてきた。涙ってこんなに熱いんだって気がついた。
ちゃんと謝ろう。彼女たちにちゃんと謝ろう。
好きな人がいたって。今さらかもしれないけど、ちゃんと謝ろう。
そして伝える。今、目の前にいる一番愛しい人に。
「三橋 好きだ 離せないから。もう。」
三橋はゆっくりうなずいた。
「離さなくていいよ。俺も・・離れない・・から」
三橋の唇が俺の唇に重なった。
はじめての口づけでよかった。
唇が離れたら俺から言おう。
―今日からは俺と一緒に帰ろう―
そして、手をつなごう。
いつか、俺らの姿が「風景」に溶け込むように日常になりますようにと俺は祈りながら、唇をゆっくり離した。


―終わり―




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