作文〜1〜

□桜の下には「嘘つき」が眠っている
1ページ/1ページ

桜の下には「嘘つき」が眠っている


 進級したばかりの春
甲子園では同じ高校生たちが試合をしている中、
西浦新二年生 10人は開花目前の桜の並木道を歩きながら
練習を終え、部室にぞろぞろと戻り始めていた。

 三橋廉は最後尾を歩きながらぶつぶつとセリフの練習をしていた。
「お母さんから映画の券 2枚もらった から 阿部くんいつものお礼に一緒に行きませんか?」
 昨日からすでに何回も練習していて、今日の練習終わりに勇気を振り絞って言おうと決意していた。
(よしっ もう だいじょぶだ・・着替え終わって 阿部君を呼びとめて・・頑張ってオレ誘ってみるぞ。)
 頬は興奮のあまりに高揚していた。

 部室に全員が戻り、着替えが終わった順に部室から出て行き始めた。
三橋が部室に到着したのは一番最後で、すでに9人中4人が部室から出て行った。
(田島はユニフォームのまま帰宅していたので、部室には寄る必要がなかった。)
もたもたと着替えを始めた途端、阿部が着替え終わりロッカーが閉まる音がした。

―バタン―

 三橋はパニックになりながら急いで着替えを続けた。
阿部の方へちらちらと視線を送りながらも、着替えの手を休めることをしなかった。
阿部は残っている皆と言葉を交わしながらも、スポーツバッグを左肩にしょった。
そろそろ部室を出る準備が万端にできあがったことが見受けられた。
三橋の視線には気がついていなかった。

部室に残っているメンバー 阿部 栄口 花井 沖 三橋
(どうしよう。阿部くん 帰っちゃう)

 三橋は勇気を振り絞って振りかえった。
「阿部くんっ」
阿部はちょうどドアノブに手をかけた所だった。
三橋の大きな声に部室に残っていたメンバーは阿部も含めて驚いた。
「でけー声 何だ?」
「あのっ あのっ」
三橋はしどろもどろになりながらも頑張って阿部のそばまで駆け寄った。
「・・・・」
寄って来た三橋は赤面しつつ、下を向いたままで一向に言葉を発しない。
イライラした阿部は、両こぶしを三橋の頭に持っていき彼の得意技「うめぼし」の準備に入った。
「早く言え!じゃねーと・・」
三橋がふぅーっと大きく呼吸をした。
「うぉ! あの 阿部くん 一緒に映画に行きませんか?」
練習の甲斐もむなしく、随分と言葉が抜けてしまった。

部室の中は静まり返った。

 阿部は三橋の顔をじっと見た後、30秒ほど固まった。
部室を1周見渡して、三橋の顔に視線を戻した。
三橋の顔は真っ赤なままだった。
その後、両手をポンと叩いた。
「みはしぃぃ!」
きらきらした瞳で三橋の目を見つめた。
三橋は、当然話が通じたと思い阿部の瞳を見つめ返した。
「みはしぃ!」
「はいっ」
「お前!すげーな。今日 エイプリルフールだもんな〜 
お前俺にこんな冗談言えるようになるなんて・・オレ めちゃくちゃうれしいぞ!」
三橋の顔から色が消え始めた。
残っているメンバーからもため息が聞こえた。
そのため息はそれぞれ捉え方は大きく異なったかもしれない。
唯一、栄口だけはため息をついた後、厳しい目つきで阿部の方を睨んでいた。
三橋は阿部の方をちらっと見た後に、周囲をきょろきょろ見回して下を向いた。
阿部は三橋の髪をぐしゃぐしゃに掻きまわした。
「俺ら今年から先輩だもんな。こういうやり取りできるようになってなんかすっげーオレ嬉しいわ。なぁ花井!」
遠くにいた花井は少しだけほっとした表情を見せていた。
「ああ そうだな。お前らがうまくいかねーと色々心配ごと多くなるばっかだしな。」


「あの 阿部くんっ あの オレ・・」
三橋の顔は青ざめていた。うっすらと瞳が濡れていた。
阿部の言葉は止まらなかった。
「おう!映画な!いつでもいいぞ〜なんなら今から行くか?」

―バタン― 
ロッカーが大きな音で閉まった。
「栄口 うっせーぞ ロッカー壊れるぞ。」
栄口は花井からの注意など耳にも入れず、スポーツバッグを肩にかついだ。
阿部が立っている部室の扉に向かって怖い視線で向かっていった。
「三橋 早く着替えちゃいな。俺 外で待ってるからコンビニでなんか食って帰ろ。」
着替えを促された三橋はおずおずとロッカーの方へ歩き出した。
「阿部 お前最低だよ」
阿部にしか聞こえないぐらいの声で栄口は呟いた。
「お疲れしたっ」
そのまま、部室のドアを大きな音を立てて閉めて立ち去った。

残された阿部は栄口を追いかけることもできずしばらく立ちすくんでいた。
もたもたと着替えを続ける三橋。
着替えが終わった、沖・花井が順番に部室から出て行った。

 ロッカーに残っていたのが泉や田島だったらもっと違った展開になったかもしれない。

 三橋の着替えを阿部はぼんやりと眺めていた。
(俺が最低・・って)
栄口が言った言葉をずっと復唱していた。

 三橋の背中に向かって阿部は声をかけた。
「三橋 ごめん」
三橋は黙々と着替えを続ける。バッグの中に汚れた着替えをぐちゃぐちゃに詰め込んで
ロッカーを閉めた。

 三橋は半分泣いていた。声は殺していたが目が潤んでいた。
ゆっくりと阿部の方に近づいて、スポーツバックのファスナーを開けた。
バッグから封筒を出して阿部に渡した。
「これ お母さんからもらって。
阿部くんにはいつもお世話になってるから映画でも一緒に行ったらって。
でも、それ「嘘」だから。この「券」は嘘だから・・無いんだよっ・・ね」

阿部の前で三橋は思いっきり半分にチケットを破った。

「三橋・・」
「ごめんね 阿部くん 俺 そういうのよくわかんなかった。ノリ・・悪くてごめ なさ い」
うつむいた瞳から雫がぽたぽたと落ちて床を濡らした。
「栄口くんっ 待っててくれるから 俺 行く ね。俺たちいい先輩になろうね。
俺 頑張るね。おつかれ さまっ でした」
三橋は笑いながら部室を出て行った。
涙を拭くこともせず笑いながら出て行った。


 散らばった映画のチケット。三橋の勇気。阿部の心ない発言。
―エイプリル フール なんて キライダ―

 部室の扉 中と外で二人はうずくまっていた。
―エイプリル フール なんて キライダ―

 阿部は追いかけることができなかった。

「三橋 行こっ」
 三橋の目の前に優しく笑う栄口がいた。
三橋の手を取り立ちあがらせた。
「三橋 大丈夫?」
コクコクとうなずきながら、お尻の汚れをポンポンとはたいた。
「栄口くん あり がとう・・」
「ごめんなー なんもフォローできなくて」
ぶんぶんと横に首を振った。
「三橋 阿部は悪気ないんだ。でもね。だからさ。三橋が大人になってあげて?」
「俺が大人に?無理です 無理だよ 阿部くんは大人だよ。」
「でも人の気持ちに気がつかない・・でしょ?」
「栄口くん?」
「三橋― 映画 阿部と行きたかったんでしょ?」
「ちが あれはチケットお母さんにもらってお礼だって。」
「お母さんは阿部と行けって言ったの?」
三橋は驚いた。栄口には何がわかるんだろうか?
「2枚あるから。野球部の人誘えばって・・言われて。言われたから俺・・」
「頭に浮かんだのが阿部だった?」
こくんとおおきく頭をふった。
「それが。三橋の気持ち。本当の気持ち。いつか伝わるから。今日はタイミング悪かったんだよ。」
「俺の気持ち?」
「そ。お世話になってるって言うなら、同じクラスの泉でも田島でも。そう!浜田さんでもいいはず。あとは主将とかね」
「・・・・」
「それでも 阿部が一番に浮かんだんでしょう?」
「う 阿部くんと・・」
「いいよ。なーんも言わなくて。多分、俺しかまだ気がついてないから。
阿部はね。こういうのすっごい疎いんだ。今頃部室で一人でぐるぐるしてるんじゃない?
だからね。三橋。もし、もし阿部がちゃんと考えて三橋に連絡取ってきたら・・三橋はしっかり受け止めてあげてね。」
「でも。俺・・・」
「なぁに?」
「さっき 映画のチケット 阿部くんの前で破り捨ててきちゃった。」
「うぉー三橋にしてはすごいことやってきたね〜でも。ちょうどいいかも。阿部、今・・おかしい。ぐふふ。
絶対阿部今大変ことになってるよ。さぁ コンビニ行ってなんか食べよう。まだ他の皆もいるかもよ。」
「栄口くん ありがとう」
「気にすんなって」
 三橋と栄口は仲良くコンビニに向かって自転車を飛ばした。


 部室に、一人取り残された阿部。
チケットを拾い集めた。ちょうど真っ二つに破られていた。
三橋がどれだけ勇気を振り絞って自分を映画に誘ったのか。

―阿部くん 一緒に映画に行きませんか?―
着替えている途中。追いかけてきた三橋。
二人きりじゃない部室。多分勇気を絞ったはず。
多分じゃない。呼びとめた時の大きな声。話しを始めた時、ゆっくりとした深呼吸。
かなり、勇気を振り絞ったはず。
この誘いにどういう意味があるのかとか、深い意味があるのかとかはよくわからないけど。
三橋は俺を映画に誘った。俺はそれを茶化した。エイプリルフールと言う言葉で。
何故?茶化した・・?素直に受取れなかった?
皆がいたから?皆に冷やかされるのが嫌だった?
なんで、皆が冷やかすと思った?なんで?なんで?

―冷やかされるようなことだと思ったからだ―

なんで?

ただ、二人で映画に行くことが何故冷やかされるようなことだと思う?
友達、チームメイトだったら別におかしいことじゃないはずなのに、阿部が一人でそう捉えただけ。
何故?なぜ?ナゼ?
部室にいたのは誰だった?
 栄口・沖・花井・・・誰が冷やかす?
阿部は破られたチケットを握りしめたまま、髪をぐしゃっと両手でかき混ぜた。
ふと、三橋の髪をかき混ぜた感触を思い出した。あの時、三橋の顔は真っ青だった。
「三橋 三橋・・」

 冷やかされたくない理由があった。
 
 ―自分がやましいから―

ぶるっと携帯が震えた。


 件名 お前が一番嘘つきなんだぞ
 
    コンビニで待ってるぞ

 件名を読んだだけで阿部は愕然とした。

「栄口ってなにもんだよ」
ぼそっと呟いた。

「俺って ホント ガキ・・だっせ・・」
大きな独り言は部室に響いた。
チケットを握りしめて阿部は扉を開けた。

何から伝えればいいかまだわからなかった。
ただ、三橋の笑顔を今日中に取り返すために。
エイプリフールなんて くそくらえだ。

阿部の気持ちは固まった。
目隠していた本当の気持ちを三橋に伝えよう。
映画に誘われてなんであんな馬鹿なことを言ってしまったのか。
本当はすごくうれしかったってことを。
ちゃんと本当を伝えよう。全て本音を伝えよう。

もしこれから先「嘘」をつかなければいけないことがあったとしたら、
三橋を喜ばすことができるような幸せな嘘つきになりたい。
(試合の時は別だけどな・・・)
ぐるぐると色々なことを頭に浮かべながら自転車を全力で漕ぎ続けた。


コンビニのベンチで二人は阿部を待つ。
遠くから全速力の自転車が向かってきた。

「じゃ 三橋 後は大丈夫だね?三橋が大人・・だよ!」
栄口は手をそっとあげながら静かに立ち去った。

急ブレーキと、自転車から転げるように降りる阿部の気配を背後に感じつつ、
栄口は思いっきり自転車を加速した。
―頑張れ 阿部―
と、心の中でエールを送った。





―後日談―
「栄口くん 二人で映画 行ったんだよ 有難う」
「あのチケットで?」
「阿部くんがテープで貼ってくれて。入口のお姉さんに交渉していれてもらった。阿部くんすごい。うひっ」
「あのチケットで行ったの?阿部・・せこい・・別に阿部はすごくないぞー」
(普通 自分で買い直せばかっこいいのに)
「栄口くん 本当にあり あり ありがとうっ」
「よかったねー三橋。」
―まぁ 三橋が今 笑ってるからそれでいいか―
三橋と二人、はらはらと散りゆく桜並木をゆっくりと歩いた。
三橋に聞こえないぐらいの小さなため息を吐いた。

―初めてのキューピットがチームメイトでしかも男同士だもんな―

この美しい4月の景色をきっと忘れないだろうと心に刻んだ。

―終わり―



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ