作文〜1〜

□ニセモノ 
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ニセモノ

 俺が三橋に気持ちを伝えないと決めた時から、
俺はよく笑うようになった。
「嘘」をつくことを隠すために無理矢理作る笑顔に人は皆騙されてくれた。

ただ一人 笑顔の裏側を見つけたやつはこう言う。
「そんなんでいつまでだませるって思ってんだよ」

 誰もいない部室。喉がカラカラに乾いていた。
「気がついたんだったら 黙ってくれるのが大人じゃねーの?」
俺はうつむいたままだった。

 泉は飲みかけのペットボトルを俺に向かって投げつけた。
「俺らまだ大人じゃーねーし」
生ぬるいスポーツ飲料で喉を潤した。
「まじ・・ぃ」
「礼を言えよ バカ!」
「言えるか。」
「で、お前 いつまで 大人ぶってんの?」
大人ぶっているわけじゃない。
誰にも迷惑かけないために、俺は笑っていただけだ。
「本当に大人になっちまったら・・逆に動けなくなるっつーの」

泉に見えているんだろうか?

 もらったペットボトルをポンっと投げ返した。
 キャッチした瞬間、ボトルキャップをぎゅっと回して口に運んだ。

「お前の手 熱いんじゃねーの?ぬるっ・・まじでまずぃ」

残り少ない液体をまずそうに飲み干した。

「うるせ」
ようやく俺は上を向いて、大きな黒い目を直視した。
「なぁ 泉 俺らはずっとこのまま野球やってるわけじゃねーんだよな」

泉の前で笑えなかった。もう・・笑えない。
 
 部室の中は、相変わらず乾燥している。
さっき潤したはずの喉は乾いていて。
声も思うようにでない。
声が思うようにでないのは・・乾燥しているせいだ。

 ―それなのに・・瞳だけは湿っていた―

 

「だから、無理矢理大人ぶんなって言ってだろうが。」
 泉は俺のそばに来たかと思うと俺の頭にぽんっと手を置いた。
「無理に笑うな。泣きたいとけは泣け。それから・・」
俺の硬い髪をぐしゃっとかき混ぜたかと思った瞬間、頭をはたかれた。
「何すんだよ」
「三橋に心配かけんな!」

部室の中に一瞬 風が吹いた。

「三橋 あいつは気がついてるよ お前の「ニセモノ」の笑顔にさ。
お前よりあいつの方が人の気持ちには敏感なんだよ」

「「ニセモノ」か・・」

「おう だから・・ちゃんと笑ってやれ。
それから・・
三橋に甘えてみろよ。お前がここに溜めてるもん。ちゃんと言ってみろよ。
駄目でもともと。よければラッキーだろう。三橋はお前が何を言おうと
バカにしたり、笑ったりしない。あいつなりにちゃんと考えるからさ。
一人で勝手に解決すんな。バカ!」

最後の「バカ」を言いながら、泉は部室から出て行った。

バタンと閉まるドアの音。

又、風が揺れた。

ドアに背を向けていてもわかる。
振り向かなくてもわかる。
風が変わる・・

「あ 阿部くんっ」

振り向いたら笑おう。
俺のエースにホンモノの笑顔を与えよう。

―終わり―



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