作文〜1〜

□ホットミルク
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ホットミルク
 
二人で住み始めて1カ月。

二人の関係は高校時代のバッテリー。
今はただの同級生で同居人。

同じ大学に通い始めて1カ月。
阿部は大学では野球を辞めた。
それでも、何故か同じ大学に通っている。

同居を言いだしたのはお互いの親たちだった。
経済的な理由と、一人暮らしをさせるのが心配だったから。
寮という選択肢は、三橋の性格から早々に消していた。
それでも、阿部と同居がうまく行くかは心配だった。
三橋は阿部と一緒に住むことは嬉しかったが、
阿部が了承するとは思わなかった。
きっと、一人暮らしをすると思っていたから。

どうして、阿部が了承したかの理由はいまだに聞いていないけど、
今 一緒に住んでいる。


二人で住み始めて一カ月
色々ルールを決めていた。

冷蔵庫の中のものには各々名前を書くこと
外泊するときは連絡すること
各自の部屋は自分で掃除をすること
共用部分は交代で掃除をすること
朝ごはんは一緒に食べること

そう、最後の一つだけが三橋にはよくわからないルールだった。
このルールは阿部が決めたものだった。
朝の出かける時間はそれぞれ違うものだ。
ゆっくり寝ていたい日もあるだろう。
特に三橋の方が練習のせいで朝が早い。
阿部の方はアルバイトを入れると言っているので夜が遅い。
それなのに、朝ごはんを一緒に食べる・・三橋にはこのルールがよくわからなかった。
ルールを決めた時に何回も質問した。

「阿部くん 朝ごはんっ 毎日 一緒?」
阿部は三橋の顔を見つめてにやりと片側の口角をあげた。
「おう 朝飯は一緒だ」
「でも、時間 合わないとかあるよ ゆっくり寝てたい時とかあるでしょ?」
「食った後に寝りゃーいいじゃん」
「そ・・だけど なんで?」
「何でも!お前起きれねーの?」
「オレ 起きるよっ 起きるけど・・」
「じゃ、いいだろう はい 決定」


二人で住み始めて1カ月
三橋はむくっとベッドから起きる。
目をこすりながら、冷蔵庫へ向かう。
コーヒーメーカーをセットしてスイッチを入れる。
次に赤いマグカップになみなみと牛乳を注ぐ。
電子レンジにカップを入れて、「のみものあたため」ボタンを押す。
そのまま洗面所に向かって、顔を洗う。
キッチンに戻ったころ「チーン」と音がする。
「うひっ」と笑いながらカップを取り出した。
コーヒーがこぽこぽとわき始める。
温まった赤いマグカップから1センチ分黒いマグカップに牛乳を移す。
昨日買っておいた甘い菓子パンと、マヨネーズのパンを半分ずつに切り分けて
皿に載せた。

ガタンと阿部の部屋が開く音がした。
「あ あべくん おはよ」
「はよー」
「コーヒーもうすぐ沸くよ 顔洗って来て 下さいっ」
硬そうな髪が、毎朝右に左に撥ねているのが三橋には面白かった。
(阿部くん 今日はうつぶせに寝たのかな・・前髪ぺちゃんこだ。)

首にかけたタオルでがしがしと顔を拭きながらキッチンに戻ってくる阿部の姿を見ると、
慌ててコーヒーを黒いマグカップに注いだ。

「昨日 バイト 遅かったの?」
「遅かった・・帰ってからレポートやってたから寝たの明け方だった」
「おお お疲れ様」
三橋はホットミルクにたっぷりの砂糖をいれてかき混ぜた。
「朝飯 ありがと・・な さぁて 食うか うまそうっ いただきます」
ちょっとはにかんだように阿部が笑った。
三橋はぶんぶんと首を振った。
「う うまそう!
いた だきます あ・・ご飯 パン 並べただけだよ 
でも、阿部くん遅いんだから朝ごはん 無理して合わせなくていいのに」
「うーん でも 朝しか一緒になんねーだろう?」
「え?」
「あ・・三橋 それ一口飲ませて?」
阿部は三橋の赤いマグカップを奪い取った。
「あ・・」
「あめぇ けど なんかホッとするな・・」
阿部はマグカップを三橋の前にすとんと置いた。
「阿部くんもホットミルクがいいの?だったらすぐ作れるよ?」
「いや、コーヒーがいいや。
目覚ましてーし。
ただ毎朝、お前が飲んでるからどんなんかちょっと気になってただけ。砂糖たっぷりだな?」
こくこくと三橋は小さくうなずいた。
「ホットミルク 美味しいよ」
「三橋みたい・・だよな」
三橋は頭の中が「?」でいっぱいになった。
(ホットミルクがオレみたい?)
「ほら。急いで食わねーと間に合わないぞ」
「おぉ」
慌ててパンを口の中に運ぶ姿はまるでハムスターかリスのような姿だった。
阿部の瞳は三橋を愛しそうに捉えていた。

「三橋 もう1カ月過ぎたな〜一緒に住み始めて」
「もう、5月だね 早いよね」
「お前 そろそろ誕生日だな っーと 出会ってもう4年目?早っ」
「おおぉ ホントだ。阿部くんと西浦で出会って4年目だっ うひっ」
「なぁ 三橋 オレがなんで同居OKって言ったか前から知りたがってたよな?」

ホットミルクのマグカップを両手で持ちながら三橋は美味しそうにごくごくと飲み続けていた。
突然、阿部が同居の理由を話し始めたのでちょっと驚いた。
いつも、寝起きの阿部はあまり機嫌がいい方ではなかった。
なのに、今日は一体どうしたんだろう?と、不思議な顔で阿部をじっと見た。

「お前 17日は練習休みだっけ?俺もバイト休んだからどっか飯食い行くか?」
また、話が変わった。さっきもそんな感じだった。
三橋の頭は朝からフル回転していた。

「阿部くん 17日はオレ 練習休みだ。で、同居の理由きき たいよ それから
オレがホットミルクみたいなって何?阿部くん 今日は難しい」
(本当はいつも難しいけど今日は特に難しい)と、頭の中では思っていた。

それから、もうひとつおかしいこと。
さっきから、阿部が三橋を見る目がものすごくあたたかくて、溶けそうだった。

「じゃ まず一つ目な 17日は一緒に誕生日しようぜ。」
「おぉ オレ誕生日阿部くんとしたい!」
「うっし!じゃ二つ目 同居の理由な」
三橋はわくわくしながら目をきらきらさせて阿部を見つめた。
阿部はそっと立ち上がって三橋のそばに座った。
三橋の瞳を見つめながら「ちゅ」と音を立ててキスをした。

「え?」
三橋は何が起きたかわからなかった。
同居の理由を聞けると思っていたのに阿部からまさか唇を奪われるなんて。
頬にかぁーーっと血がのぼった。

「あ あべくん なななに? オレ・・」
阿部はにかっと笑った。
「同居なーオレが親に持ちかけたんだ。三橋もおんなじ大学だから一緒の方が安心じゃねーかって。
三橋んちも安心じゃないかって・・だから、同居OKしたってのは嘘だな。
オレの計画通りだな」

「阿部くんっ その前に オレに オレに・・」
「何?ちゅうのこと?だって三橋して欲しそうにしてんじゃん。毎朝」
「して ないよっ」
三橋は急いで否定した。
だいたい、なんで阿部は三橋と一緒に住みたいと言い始めたのか?
三橋の頭の中はぐるぐると混乱していた。
「で、三つ目な」

「阿部くん その前に オレに・・」

「あー もう うるさいなぁ お前と一緒に住みたかったの。
住んでみて、自分の気持ち確かめたかった。お前の気持ちも確かめたった。
俺らがただのバッテリーだけの関係なのか。俺の気持ちがどうなのか?
お前の気持ちがどうなのかって・・朝ごはん お前覚えてる?
合宿で一緒に朝飯作ったの」

三橋はぶんぶん頷いた。もう、阿部が何を話しはじめるか理解するのに
いっぱいいっぱいだった。

「もう すっげー前だけどさ。あん時ぐらいからかな・・
もっと大人になっても一緒に朝飯食いてーとか思ってさ。
でも、まだ自分の気持ちに自信なくって。何よりお前が俺をどう思ってんのかも
わかんねーし。でも、一緒に住んで1カ月・・ちゃんとわかったんだ」
「阿部くん 何が わかったの?」
「三橋はホットミルクみたいだって」

又、最初の方の話しに戻ってしまったようで三橋の混乱は続いている。
「う・・オレ 全然わかんないよ」
「だから あったけーし ちょっと甘いけどそれがこう染み渡る感じ?
じんわりとオレの胃に膜貼るっていうか・・優しい感じだ
栄養もあって、つえーよな。うん。牛乳は何て言っても強い。
そして、三橋も強いしな。ほら、まるで三橋だ。」

「胃に膜を貼るのがオレ・・?オレ 強く ないっよ」
「うーん。
なんていやーいいのかな・・」
(阿部くんの言うことはいつも難しい)
(三橋は俺の言うこと相変わらず理解しねーな)

お互いの頭の中はこんな感じだった。

阿部は三橋の目を見てゆっくりと話しはじめた。

「そのホットミルクを毎日少し俺のカップに入れてくれるだろう?
分けてくれるだろう?」
“ぶんっ”と音が出るぐらいに三橋は頭をふった。
「阿部くん ブラックは胃に悪いから・・」

不意打ちに阿部は三橋をぎゅっと抱き寄せた。

「お前って誰にでも優しいからわかんなかったけど。食べ物を分けてくれるってのはポイント高くね?」

「ああああ 阿部くんっ だから 何してるの?」
それでも三橋はおとなしく抱きしめられていた。

「オレ・・食いしん坊みたいだ・・」
阿部の腕の中にいるのが心地よかった。

「毎日 一緒に朝飯食って お前が幸せそうにホットミルク飲んでるのを見るのが俺はすっげー幸せなの。
んで、その関係がずっと続きますようにって思ってるわけ。
できればそれが・・友達とかじゃなくてもっと親密な関係になりたいなって思ってるわけ。
わかる三橋?」

抱きしめらたままに耳元で響く阿部の声にくらくらしていた。
阿部が言ってることの半分も三橋はわかっていなかった。

「だから さっき ちゅぅしたの?」
「そ。お前の誕生日までにちょっと進展してーと思ったから」
「オレ オレ・・」
「俺は三橋が好きだ 多分結構前から。三橋は?」
さらりと阿部はすごいことを言っている。
抱きしめられた手がぎゅっと強くなった。
「朝から こんな話・・」
「朝でも夜でも関係ないって。三橋は?」
「オレ オレ・・オレ・・」
「何?三橋」
(阿部君はずるい。俺の気持ちなんてとうにばれているんだ。)
三橋はこくんと小さくうなずきながら、上目遣いで阿部を見た。
「オレ 誕生日の日は朝ごはん作らないよっ」
「じゃ オレがスペシャルなホットミルク作ってやるよ。すっげー甘いの」
「うひっ 阿部くんが朝ごはん作れるの?」
「パン並べるだけだろう?」
「ホットミルク作れる?」
「まぁなんとかなるだろう」

三橋はゆっくり身体を離して阿部の黒い瞳を見つめた。
「阿部くん 髪 撥ねてるよ」
阿部が前髪を押さえようとしたその時、三橋は阿部の唇に「ちゅ」と音を立てて抱きついた。
「みは・・いてーよ」
「お返しだっ」
三橋はそのまま阿部の腕の中に絡まりながらどすんと倒れた。
「いた・・」
「明日も阿部くんに俺のホットミルクをちょっとだけ分けてあげるね」
にこっと三橋は阿部にほほ笑んだ。
「たっぷりくれてもいいんだぞ?」
「ふひっ たくさんはあげない」
「三橋・・ところでお前時間大丈夫?」
阿部は三橋をぎゅーーと強く抱きしめたまま時計の方向に向いた。
「うわっ オレ 練習っ 阿部くん ああああべくん 続きは帰ってからゆっくりだ」
阿部の顔がかぁーーーっと沸騰した。
「お前 大胆だな・・」
三橋の発した言葉に深い意味はなかった。

玄関に二人で並ぶ。
「いってきます」
「おう 頑張って練習してこい いってらっしゃい」

ばたんと玄関が閉まった。

慌ただしく、お互いの気持ちを伝えあえた朝。
阿部はどれだけこのタイミングを待っていたんだろうか?
阿部はいつから三橋の気持ちに気がついていたんだろうか?
本当に同居生活がはじまって1カ月で気持ちを確認していたんだろうか?



そんな疑問は三橋の頭の中に一つも浮かんでいなかった。
三橋の頭の中にあるのはただ一つ。

―帰りに牛乳 買って帰ろうっ―
春の空は気持ちよく晴れ渡っていた。

―終わりー


※阿部編を別の話し予定しています※

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