作文〜1〜
□―恋のかたち―
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―恋のかたち―
2月14日「バレンタインデー」
小さな誤解が積み重なって始まった恋の物語
◆1回 裏 水谷・花井編◆
2月15日 冬の早朝 本日部室に一番乗りの男。
クソレフトこと水谷文貴。通常彼の部室入りは後ろから数えたほうが早い。
早く来たのには、理由があった。
昨夜、部活終了後すごいものを目撃した。
もちろん、それは本人がすごいと思っているだけかもしれない。目撃者は水谷ただ一人。
すごいかどうかを証明する人はまだいない。
本当は、そのすごい現場の写メをチームメイトに送信したいのを我慢して、さらに帰宅してせめて栄口あたりに電話・・というものぐっと我慢していた。
せめて朝一に部室に行き、最初に会ったチームメイトにこの目撃談を話し、一緒に盛り上がりたいという気持ちで昨夜は眠れなかった。
がちゃっと部室のドアが開いた。
我らが西浦高校野球部キャプテン花井が眠むたそうに入ってきた。
「はよーっす。てか!水谷お前がきてんのか?なんかあったか?
だから今日大寒波とかきて、明日大雪とか言ってんじゃねーの?勘弁してくれよ」
花井はぶつぶつ言いながら自分のロッカーに向かって着替えを始めた。
そんな、花井の文句は全く聞こえない水谷はすでに練習着に着替えていた。
にやける目元、唇はリップで潤わせ、すでに話すための準備は整っている。
「はーなーいーー
俺ねー昨日すごいもの見ちゃったんだぁ〜聞きたい?
ねぇ聞きたいでしょう?」
「はぁ?お前それ聞いて下さいって言ってるようにしか聞こえねーぞ。」
「どうしようかな?皆が来てから話そうかな〜」
着替え中の花井にまとわりつくように、ぐるぐると周囲をまわりはじめた。
花井はあまりのうざさに回れ右をして水谷を上から見おろした。
「水谷!お前のそういう話ってお前が思ってるより結果よくねーことが多いんだよ。
皆が来てから話したらちょっと危険が伴う気がする。
よって、今話せ。とっとと話せ。俺が判断してやる。主将命令」
花井に睨まれても一向に気にしない水谷であったがそろそろ昨日の「面白い目撃」を誰かに話したくてたまらない。
花井の真横にぴたっとくっついて話を始めた。
―実はね、オレ・・昨日すごい現場目撃しちゃったんだ
三橋がね。三橋がね・・。なんと!部活帰りに阿部を待ち伏せしてプレゼント渡してたんだよ!
多分あれはチョコだよ!真っ赤な顔してさぁ。そいでね。阿部もなんかぶっきらぼうな感じに受け取ってるんだけど。
やっぱり顔が真っ赤なのぉぉ。
阿部がだよ?あの阿部が!真っ赤って!
花井ぃ。どうよ。どう思う?絶対あれはチョコだよね。
オレ、前からあの二人ちょっとただのバッテリーとしてはおかしいって思ってたけど。そういうのなら納得できる。
まぁ、部内にカップル・・しかも男同士ってのがちょっと気になるけど。けどさぁ。
阿部と三橋ならわかるよね。
俺ら7組としては阿部のことを応援してやんないといけないよね。
ね。花井・・花井聞いてる?はないくーーん?―
水谷の長い話しが終わった。これでも、随分勝手に省かれていた。(花井の頭の中で)
「ちょ。水谷。それ、皆に言うつもり?
阿部や三橋が来たらどうすーんだよ。
隠してるんだろうがぁ。2人だけでいたってことは・・お前たまたま偶然見かけたんだろう?」
「うん。俺がいたことは知らないよ。
だって、俺忘れ物取りに戻ってる途中だったんだもん。
本当はさーちょっと写メとかふざけて取ろうと思ったんだけどね。音とかしちゃうし。
あと、皆にメールしようかって思ったんだけど・・それもねぇ。こんな面白いこと俺の口から話したいじゃーん」
その時、部室に向かってくる数人の声が聞こえてきた。
水谷は開く直前のドアに走り出しそうになったが、間一髪。
花井が口を押さえて耳元で囁いた。
「水谷!お前この話皆にしたら、次の練習試合・・ずっと1塁コーチャーな」
花井の最後の「な」と同時にドアが開き、一斉に数人に部員が駆け込んできた。
「はよーっす。水谷?珍しいな?明日雪じゃね?てか、お前なに座りこんでんの?」
「ホント、明日雪だな?ぜってー。つーか顔色悪いぞ?お前、早く来たならとっととグランド行って自主練でもしとけよ」
花井は顔色が悪い水谷の腕をとった。にやりと水谷顔の前で笑顔を作った。
「水谷。ほら、行くぞ。皆も着替えたら走るぞ。時間短いんだからな。急げ〜」
バタンとドアが閉まって、2人の姿は消えた。
残されたメンバーもあまり気にせず黙々と着替えを始めた。
グラウンドまで2人はゆっくりと歩いた。
「花井・・キャプテン・・さっきの話し」
「おう。お前はおしゃべりじゃねーよな。その話。まだ俺にしかしてねーんだろう?」
「ももももちろんです」
「昨日、メールも電話もしてねーよな?」
「もももちろん。だから・・しししあいは?」
「おう。大丈夫だ。まぁ、西広と競った結果で負けた場合は俺は知らねーけどな。」
「えーー花井主将ーー話が違うじゃん」
「まぁ。それはそうと。さっきの話し。それさぁ。もし本当だったとしてもさ。
オレらが知っててどうこうなるわけじゃーねーし。
話の内容を聞いたわけでもねーんだろう。
ただ、その・・チョコらしいものを三橋が阿部に渡しているのをお前は見た。それだけだろう?」
「うっ まぁ声は聞えなかったけど。
でも、あれは絶対告白とかだよ。
今まで付き合ってるって感じでもなかったから。きっとこれからだよ。三橋、本当に真っ赤だったんだよ」
水谷は、三橋が阿部にかわいらしいピンク色の紙袋を渡す姿を鮮明に覚えている。
吐く息はお互い白いのに、三橋の頬が赤く、つられる様に阿部の頬も同じ色に染まる。
2人は、やがて目をあわせてゆっくりと歩き出した。その後ろ姿をじっと見送ったのだ。
何を話していたか聞こえなくても、二人がまとう空気でそれを察した。ただそれだけだった。
「なぁ、水谷
阿部や三橋がなんか言ってきてから。考えねーか?まだ、なんもわかんねーだろう?お前が見たのだって」
「花井は見てないからわかんないんだよ。見てたらわかるよ。見てるだけでわかるんだ」
「別にお前にどーこー言ってるわけじゃねーって。ただ・・もし、もしそうだとしても。俺たちは何も本人から聞いてねーだろう?それに、色々問題がある。それは2人もわかってるはずだ」
「男同士だから?」
「それもある。でも、それ以上に俺らは何も知らないんだ。2人がそれを望んでるのかもしれないだろう?だから、皆が帰った後に待ちあわせていたのかもしれない。
だからさ。
阿部でも三橋でももちろん、2人同時でもいい。向こうから話した時にちゃんと受け止めてやろうぜ。
そういう気持ちでいたいんだ。俺は。ほら、その。仲間なんだからさ。ちゃんと相談に乗ってやろうぜ。」
「花井。さすがキャプテンだなぁ。もちろん、オレもそうだーよー。
でもね。花井。オレ、片思いとかの辛さって言うの?一応ちょっとわかるんだ。」
水谷のうつむいた顔は少しだけ苦しそうだった。その大人びた水谷の表情に花井は動揺した。
水谷は花井の視線を感じて一瞬顔をゆがめた後、首を左右にぶんぶんとふり、いつもの笑顔を作った。
「だからさ。もし。
もし、阿部でも三橋でも辛そうだなって感じたら少しだけどっちかの背中押せるぐらいのことだったらしてもいいでしょ?
いろいろ喋ったりおせっかいじゃない程度だったら・・ね?仲間だもんね。俺はそうしたいんだ。キャプテン」
何かを我慢しているような顔をするくせに、最後にはふにゃと場を和ませる得意な笑みを見える。
「水谷・・まぁ・・空気はちゃんと読めよ?つーかお前大丈夫?」
「うん?何が?ちゃんと空気読みますって。
俺は大丈夫大丈夫!
さぁて 西広先生にレギュラー取られないようにしっかりと練習しますか?」
「そだな・・まぁしっかり練習するしかねーな。お前の場合は」
「花井 ひどーい」
2人は声をたてて笑った。
花井は、水谷がいつも通り笑う姿に少しだけ胸が痛んだ。
水谷の気持ちなんて自分は何も知らない。
しかし、水谷が自分たちが知らないところで恋に悩み、人間関係に悩み、そしてそれでも笑う。水谷も又、強い男だ・・と、花井は思う。
そう、水谷はもしかしたら一番繊細なのかもしれない。
知らないうちになじんでいるように見えて、ものすごいきめ細やかに気を使っているのかもしれない。
だから、一瞬見かけた二人の表情・雰囲気だけで読みとれる何かがあったのだろう。
俺がもしその現場を見ていたら・・
一瞬過った想いを打ち消した。
俺は見ていない。もしはない・・
でも 俺が阿部を 三橋を見つけていたら
迷わず 声をかけたかもしれない
水谷だからわかったことがあるのかも
いや・・でももない。もしもない。
俺は見ていない。それが事実だ。
水谷がどうして阿部と三橋が二人きりでいたことを皆の前で話そうとしたか?
ただのおしゃべりで、面白そうだし、阿部をちゃかしてみたかった、そして「阿部と三橋の背中をちょっとだけ押してあげたかった」のであろう。まぁ、ちゃかしたかったのが9割かもしれないが。
「水谷 俺らあの二人のことはなんにも知らない。
で、お前は何か見たけど、俺は見ていない。
だけど、チームメイトとして仲間としてどんなことでも味方して行こうぜ。
今はそういうことだ」
「花井」
「そして、俺はお前もチームメイトとして仲間として・・その・・味方だからな。一人であんま悩むなよ」
花井は水谷背中をばーんっと勢いよく叩いた。
水谷は元気にグランドに駆け込んだ。
2月15日 今日も朝練が始まる
二人の後をようやく残りのチームメイトたちがぞろぞろと追いかけてきた。
田島と笑いながら並んで三橋。
その1歩後ろを阿部が追いかける。
阿部と三橋
二人の距離感の違いが昨日までと違うことに気がついているのはただ一人。
その少し後ろを走っている
泉 孝介だけだった。