作文〜1〜

□Kiss Kiss
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Kiss Kiss

 触れるだけのキスを金曜日の別れ際に阿部くんはくれる。
「おやすみ。三橋」
耳元で囁く声はとても甘い。でもせつない。
唇が離れた途端にオレは寂しくて泣きたくなる。もう1回触れたい。ぎゅって抱きしめてほしい。オレだけが思っているんだろうか?オレはやっぱり欲張りなんだろうか?
「おやすみなさい。阿部くん」
嫌われたくないから自分から催促はしない。もっともっと・・なんて言えない。もっと一緒にいたいとか、もっとキスをしたいとか、もっと先に進みたいとか・・そんな我儘は言えない。

 秋が終わる頃、いわゆるそういう意味での「おつきあい」は始まった。と、オレは思っている。
だからと言って、実はどちらかが告白をしたわけでもない。なんとなく、帰り道でお互い離れがたくなって、「おまえの手冷たいな」っていきなりぎゅって繋がれた。ふりほどくこともできなくて「阿部くんの手はあたたかいね」と、泣きそうな顔で笑った。阿部くんの顔がどんどん近づいてきて怖くなって目を閉じた。唇にふわっと柔らかいものが触れた。オレはわかってたんだ。キスされるって。怖くなったなんて嘘だ。「キスされたい」そんな顔をしていたんだ。きっと。
「ごめん。」
謝らないで。阿部くん。謝られることしたの?
「ううん。」
やっぱり、泣きそうな顔のまま答えた。
「三橋。おやすみ」
オレの返事も聞かずに阿部くんは走っていった。
(阿部くん おやすみ・・)
胸の中で呟いた。

 それから、儀式めいたように触れるだけのキスをする。オレたち付き合ってるんだろうか?もしかしたら阿部くんは興味本位だったのかもしれない。よくよく考えたら別にデートをするわけでもないし、電話やメールを毎晩やり取りをするわけではなくて、俺たちは週末の帰り道に「おやすみ」のキスを交わすだけだ。お母さんがオレに小学4年生まで毎晩くれていたキスと変わらない。オレ一人3カ月も勘違いしていたんだ。その先があるかも。来週かも。再来週かも。毎週、毎週その先にあるものをオレは探っていた。
ようやく、気がついたんだ。その先は無いんだってことに。言わなくちゃ。阿部くんにもうヤメテイイよってオレが言わなくちゃ。物欲しそうにしちゃだめだ。きっと、オレの好きが阿部くんに見つかってしまったんだ。阿部くんはやりたくないのに、オレのそういう風な気持ちがばれてしまったんだ。言わなくちゃ。もう止めていいよって。言わなくちゃ。

 今日こそ言おうと意気込んだ帰り道。「ちょっと公園に寄らないか?」って阿部くんの方から切り出された。そうか、逆に言われちゃうんだ。そっちがいいよ。阿部くんに嫌われたくないけどオレが止めようって言うより言われる方がいい。オレはそういうのに慣れているから。大丈夫。野球は続けられる。それだけあればいいんだ。それ以上のことを望んじゃ駄目だ。

 「三橋。ゴメン」
だから、謝らないで欲しい。悪いのはオレだ。謝られてしまうと、今までのキスが全て消えてしまうような気がする。オレの気持ちは阿部くんの前では頑張って見えないようにするよ。でも、一人の時にはそっと思い出したいんだ。阿部くんの唇と甘い囁き、触れた指を。そこをなかったことにしたくないんだ。
「阿部くん あやまっちゃやだ。オレね・・」
続きの言葉が唇にふさがれた。
(え?もう止めるんじゃなかったの。それとも最後の・・)
離れた唇を思わず目で追う。阿部くんの唇・・今のキスで最後だ。
ずっとずっと、最初のキスから我慢していた涙がこぼれた。
「阿部くん オレね・・」
かぶさるように阿部くんが喋り出した。
「三橋。お前の気持ちはよくわかんない。けど、俺の気持ちはちゃんと伝えておきたい。多分、俺たち最初を間違ったみたいだ」
「間違った・・オレ・・やっぱり間違ったよね」
涙がどんどん溢れる。最初にしたキス、週末のおやすみのキス。そして、きっと今のが最後のキス。やっぱり間違いだったんだよね。勘違いだったんだよね。たたでさえ上手に言葉にのせることができないのに、嗚咽も止まらない。
「そうだ。俺たち間違った。だから、お前の返事を聞きたい。俺はただのバッテリーに戻ったってちゃんとフツーに接する。練習だってちゃんとする。避けたりしない。だから、思い切って嫌なら嫌って言ってくれ。こんなこと止めて欲しいなら止めてって言ってくれ。もし、お前がはっきり言わなかったら・・間違ったままでいてもいいのなら。ちゃんとはじめたいんだ。三橋とちゃんと向きあいたんだ。」
阿部くんは何を言ってるんだろう?止めたいのは阿部くんだろう?俺だって、ちゃんと練習できる。バッテリーに戻れるよ。こっそり好きでいるのはいいんでしょう?他の人にばれないように思っていることはいいでしょう?阿部くんは何を言ってるんだろう?
「阿部くん・・止めなくていいの?」
「え?」
「オレ。間違ってるよ。又間違う。でも・・止めなくていいの?好きでいていいの?」
上目遣いで阿部くんを見た。阿部くんの目にも涙がいっぱい浮かんでた。やっぱりオレは間違っていたんだ。
「三橋。オレのこと・・」
「オレ 阿部くんのこと大好きだ。本当はもっともっといっぱいしたい」
「三橋。止めなくていい?」
「やだ。本当は止めちゃいやだ。オレは欲張りだ。阿部君にもっと・・」
続きは言えなかった。阿部くんはぶつかるようにオレに近づいた。
熱い、やけどしそうに熱い唇が重なった。
今までのキスはなんだったんだろう?これが本当の気持ち?これが阿部くんの気持ち?
オレは答えをちゃんと伝えたい。もう間違っているって思いたくないから。どうやって。ねぇ阿部くんにちゃんと応えたい。
「三橋。ごめん」
あぁ又謝るんだ。阿部くんどうやったら応えれる?
「もう、謝らないで・・」そう言った時にオレの口の中にあたたかいものが侵入してきた。
ゆっくりと、オレの中を確かめるように。
「ふぅ・・あっ」びくっと身体が震えた。これがキスなんだ。そうか。オレがしたかったキスなんだ。応えたい。阿部くんに応えたい。伝わるかな?オレの気持ち。
拙くて、わからないなりにオレは阿部くんの舌に自分の舌を絡めた。どうやったら答えになるかわからないけど。夢中で口づけを交わした。ぐちゃぐちゃに溶けあってしまうんじゃないんだろうか?阿部くんに食べられてしまうんじゃないだろうか?余裕があったのは数秒であとは頭がジンジンに痺れてしまう感覚に溺れてしまった。
「三橋。ごめん」
頭の中に霧がかかったみたいにふわふわしている。
「あああ阿部くん・・又謝る。オレ嬉しかった。オレ阿部くんが好きだ」
「はじめたいんだ・・三橋。俺たちちゃんとはじめていいんだな?もう怖がらなくても。謝らなくてもいいんだ・・」
そうか、怖かったのはオレだけじゃなかったのか。そうか、間違ってると思っていたのはオレだけじゃないのか。
「阿部くん オレ 阿部君ともっとキスしたいです。オレ、我慢してた。ずっと」
「オレももう我慢しねー。最初からちゃんと言えばよかった。三橋。ごめ・・じゃなくてありがとう」
阿部くんが謝らなかった。我慢しなくていいんだ。もう間違わない。だから、阿部くんも謝らないでほしい。
「三橋。いっぱい間違いながら大人になろうな」
(おお 間違っていいのか?阿部くんがそういうなら・・いっぱい間違っていいのか?)
「うんっ」
数カ月ぶりに阿部くんの前でオレは本当に笑えた気がする。
―だから、阿部くんもう1回キスしていいですか?―そういう目でちょっと見たら、ちゃんと通じたみたいだ。触れるように、啄ばむようにやさしくキスを交わしてくれた。不満そうな目でもう一度見つめたら。噛みつくようなキスをしてくれた。その照れた目元がすごく可愛かったんだっていつか大人になった時にいってあげようとオレは思いながらキスに溺れて行った。
 押し込んだ想いを、全部伝えたい。溜めこんだ気持ちを、全部注ごうこの唇に・・


-終わり‐




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