作文〜3〜

□好きな人
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 好きな人

 帰り道に阿部くんと二人きりになった。
それは、別に不思議なことではない。毎日じゃないけど、3日に一回ぐらいは二人きりになる。
 でも今日は3日前の二人きりとは違うくて・・
 なんだか気まずい。

 二人だけで歩く時間は10分程度で、なんで今日に限って田島くんは一緒じゃないんだろうとか、どうしてオレは自転車に乗って来なかったんだろうとかぐるぐるぐるぐると一人でパニックていた。

 低い声がボソッと耳を掠めた。

「さっきの・・見たか?」

 阿部くんの顔を見たかったけど、怖くて見れなかった。本当はそのまま歩きながら会話をすればよかったけど、それが出来なくて思わず立ち止った。

「見たよ」

 蚊の鳴くような声だと自分でもわかってる。でも、喉の奥がカラカラで声が出なかった。
「見ただけ?聞こえたか?」

 阿部くんは半歩先にいて、やっぱり止まっていた。

 今度は声にもならなくて、小さくオレは頷いた。

 「聞こえた んだよ ごめん」

 阿部くんが歩き始めたから、オレも後に続いた。
「告白 断ってた。2年生のちょっと大人っぽい人だった ね」

 無言なんて、慣れていると思っていたけど静かな空気に耐えられなくてオレは小さい声でボソリと阿部くんの背に向かって呟いた。
 阿部くんの背中は夏が終わった頃から、日に日に大きくなっていた。この背中に話しかけるのは嫌いじゃないなと改めて思う。
「断った理由も聞こえたんだろ?」
 聞こえ辛くて慌ててそばに駆け寄った。
「全部聞こえてたんだろ?」
もう一度、聞き返されて再び頷いた。


「好きな 人 いる って ゆってた」

 夜の住宅街は美味しそうな匂いと、石鹸の匂いがする。
 オレたちがバイバイする分かれ道まであと少し。
 何も聞こえなければよかったのに、オレは聞こえてしまったし、見てしまった。それを隠すことや、なかったことには出来ないから今こういうことになってるんだと、あの告白現場に偶然通りすがったことが悔やまれる。

「阿部くん 好きな人 いるんだ ね」

 気まずい理由は告白現場を見たことじゃなくて、“好きな人がいる”っていうことだった。阿部くんが先輩とか同級生とかから告白されていることは結構有名だったし、断っていることもオレは知っていた。

 前に一度、阿部くんちにお邪魔した時に旬くんはこう言った。
「兄ちゃんってこんなに愛想悪いし、口も悪いのに意外にもてるんですよ」って。
 自宅に知らない女の子から電話がかかってくるってこともよくあると聞いた。どうやって調べてるんですかねーって、そっちに旬くんは驚いていたけど、もう慣れましたと笑っていた。
「お前にだってかかってくるんじゃねーの?野球部でエースって言ったらそれだけモテるだろ。榛名とかあんな性格わりぃけど、後輩の女子とかにモテてたぞ」
 野球部でエースってだけで、オレと榛名さんを一緒にしないで欲しい。 
オレが知っている限りでは、知らない女の子から電話かかってきたことはなかった。
榛名さんは筋肉もあんなだし、かっこいいし、投手としてスゴイから人気があって当然だ。そんな人と同じ枠組みに入れて欲しくなかった。
 自分のことはどうでもよかった。榛名さんのこともどうでもよかった。
 チリッと胸が痛んだ。
阿部くんとオレは一緒のチームで野球をやってるけど、部活が終わって、共通な時間が過ぎてしまえば違う世界に住んでいるんだなと感じてしまったから。
 あの日から、なんだか阿部くんは遠い人で、胸を苦しくさせる人になった。

 それなのに、阿部くんの告白される現場を直接見てしまった。
 さらに、『好きな人がいる』って阿部くんはその人に返事をしていた。

 また、阿部くんが遠くなった。野球だけ、甲子園だけを一緒に目指しているから、好きな子なんて作ってる暇なんてないと思っていたのはオレの勝手な思い込み。
 知らない女の子から電話がかかってきたり、綺麗な先輩から告白されたり、それだけでもなんだか苦しいのに、それ以上に阿部くんに好きな人がいることで大きくショックを受けていた。
 好きな人がいるってことは、好きな人のことを考えている時間があるってことだ。
 そうだよね。隣にいるのは部活の短い練習時間、それと試合の時間ぐらいで、それ以外の時間は阿部くんは阿部くんの時間で、オレと阿部くんの時間じゃない。
 オレは・・全部が阿部くんなのにな・・って・・思ったんだ。
 野球やってる時間も、そうじゃない時間も全部。気がついたら全部、オレだけの時間もオレと阿部くんの時間だと思っていた。


「好きな人 お前はいないの?」

「野球 しか いま 考えてない って 思って る けど オレ」

「いるんだ?」

「ちがっ いないよ でも・・オレのことはいいでしょ。阿部くんはいるんだ ね」
声が震えた。“いる”って言ってる人にそれを聞いてどうするんだろう。

「三橋は今野球しか考えられねーなら。俺もそうする。
けどさ。他のこととか、例えばこれから先・・好きな女とか作って、そのこと考えるなら、そんなの無理に作んなくていいからさ。その代わりに俺のこと考えてろよ」

 阿部くんが訳わからないことを言いだした。自分には好きな人がいるくせに、俺には好きな人作るなってことだよね?
「オレはいつも今でも、阿部くんが野球じゃなくて女の子のこと考えてて・・
えっとね。その、好きな人のこと考えていても・・オレは野球と阿部くんのことっ 考えてるよっ
なのに、阿部くんは勝手だ。オレも好きな人作り たい よ」

 頭の中は完全に混乱して、何を喋ってるか自分でもわからなかった。

 阿部くんはオレの手を引いて、分かれ道までの距離を歩きだした。

「じゃ。今はそれでいい。好きな人とか無理矢理作んなくていい。
今は野球と俺のことだけ考えてろ。
それで、そのうち野球のこと考えなくてよくなった時に、俺のことだけ考えればいいんだよ。それでいいんだよ。三橋」

 全然意味が解らないまま、分かれ道に到着した。
 阿部くんの手は冷たくて、冷たいなって、ちゃんと感じた瞬間にその手は離れた。
 絡みあった視線を外すことができなくて。阿部くんが言ってる意味も理解できないけどもうここは“バイバイ”の場所。
「今、俺が言った意味わかった?」
「わか わかんない です」
「俺も野球と三橋のことだけ考えってから。一緒ってことだ。家に帰っても、授業中でもお前と一緒じゃない時も、野球と三橋のことしか考えてないから。だから、一緒だ」
「違うよ。一緒じゃないよ。
好きな人いるって ゆった から・・ここで・・今・・この後から、その人のこと考えるでしょ?だから、オレと阿部くんは違う でしょ?」

「一緒だろ?

             」

 阿部くんはオレの身体を一瞬抱きしめた。そして、何も無かったように“じゃぁな”と早足で消えて行った。

 阿部くんとオレの関係は、たった今から何か変わったようで、何も変わらないようで、よくわからなくてオレは見えなくなった阿部くんの背中を追いながら立ちすくんだ。
 
 オレが野球のことを考えなくなった時に、残るのは阿部くんのことだけ考えるオレ。
 阿部くんが野球のことを考えなくなった時に、残るのはオレのことだけを考える阿部くん。

 突然、抱きしめられた感触が身体に蘇る。阿部くんの身体が熱くて、耳に寄せた声が甘く響いて、身体が震える。

 阿部くんが耳元で囁いた言葉が頭の中で木霊のように繰り返される。ほんの数分前のことなのに、感情が遅れてこみ上げてくる。今さらながら心臓が爆発しそうになった。

 『一緒だろ?それ 三橋のことだから』

 どうしよう。野球のことなんて全然考えられない。
 どうやら。気がついた。オレの好きな人は阿部くんで、オレは昨日よりもさっきよりも、好きな人のことしか考えたくない状況に陥ったことに。

 阿部くんはずるい人だな・・
 そんなずるい阿部くんはオレの好きな人。
 オレはようやく歩きだした。
 ずるい阿部くんとちょっとだけ野球のことを考えながら、お家へ帰ろう。

 


おしまい

勝手な阿部とようやく自覚した三橋の話しでした

2014/4/10


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