作文〜連載・長文〜

□EveryeveryEvery
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Every every Every


 隣に三橋が・・いない・・
キッチンから聞こえてくる調子が外れた鼻歌。香り高いコーヒーの匂い。パタパタと走り回るスリッパの音。
 隣に三橋が・・いないのに俺は幸せ。

 小さなノックの音。聞こえないふり。
 
 コンっ コンっ

 さっきよりちょっと大きな音。まだまだ聞こえないふり。

 扉が開く音。遠慮がちに入ってくる三橋。

 ソッと布団をゆする。やっぱり遠慮がち。

「あべくーん おはよぉ 朝だよぉ あべくーん 朝 でっす よぉー」

朝なのに、無駄にテンションが高い。

 被ったままの布団の中で、ニヤニヤと次の三橋の行動を予測する。
と、言っても毎日同じことをもう何年もやってるから予測なんてもんじゃないけど。それでも、次の行動を思い浮かべる。

 ほら来た・・今度は少し大胆に俺の肩あたりをゆすり始める。

「阿部くんっ ご飯 出来ましたよぉー」

 この「阿部くん」って呼び方。
もう、ずっと変わらない。変わらないのに、微妙に変わる「阿部くん」。声の色や、音が、トーンが、速さが違う「阿部くん呼び」

 ゆさゆさと、どんどん大きく身体をゆすられても、俺は起きない・・振りのまま。

「阿部くん 布団剥いじゃう ぞ それとも こしょこしょしちゃうから ねっ 本当にしちゃうんだからねっ」

 俺の限界がいつも先にやってくる。布団を蹴ったくって、三橋の身体を抱きしめる。
 朝一番、まずは三橋の香りを堪能する。
まったく、どこの変態オヤジかと自分で突っ込みたくなる。

「自分で起きたから、ご褒美くんねぇの?」って、寝起きの掠れた声で耳元に囁くと、毎朝初々しく両耳が赤く染まる。

 変態オヤジの次はエロオヤジ。朝から俺何言ってんの?と、思うがしかし、三橋廉は朝だろうが昼だろうが夜だろうが・・フェロモン垂れ流し状態だから仕方ない。
まぁ俺限定だけどな・・とか、こんな思考がオヤジすぎる。

「自分で起きてないでしょー?」と、プンと怒った振りをするくせに、尖がった唇はまるで俺からのおはようのキスを待ちかまえてるようだ。
「おはよう」
そして、チュッと軽く口づける。
「おはよーございますっ」
はにかんで笑った三橋を、もっときつく抱きしめようと力を入れた瞬間するりと逃げられた。
「遅刻しますよぉー」
パタパタと部屋から出て行く足音を、すぐには追いかけない。
蹴飛ばした布団をずるずると引き上げながら、待つこと数秒。
「阿部くん ちゃんと起きた?」

そう。
出て言ったくせに、最後に必ず扉付近で振り向いて“にぱぁ”と、笑う。
その顔を見なきゃ1日が始まらない。

 眠そうな振りをして目をこすりながらベッドからようやく立ちあがる。

「うん。起きた」
「じゃ、ご飯だっ」

 毎朝、毎朝飽きもせず同じことを俺たちは繰り返す。俺の幸せなひととき。

 それでもまだ三橋が足りなくて、追っかけて抱きしめたい。キッチンで味噌汁をあっためなおしている後ろから抱きつきたいけど、とりあえず洗面所に向かう。

「阿部くん 今日遅いのぉ?」

 あれ?珍しい。洗面所まで追いかけてくることなんてめったにないのに、三橋の朝の行動パターンなんて、もうここ何年も変わらないのに?と、不思議に思いながらタオルでゴシゴシと顔を拭く。

「いや、年度末は無事終わったし、新年度の行事もほぼ滞りなく終わりつつあっから、今日ぐらいは早く帰れそうだけど・・なんかあったか?」
「ごはん 外で食べ たい な」

 もじもじと指を上下に何度も組みかえる。視線はどこを見てるのか、俺とは全然目が合わない。


 もじもじする三橋があまりに可愛かったんで、俺は顔を拭いたタオルを三橋の頭の上にほっかむりをするように被せた。
 そのまま少しタオルを上にずらすと、普段隠れている額がペロリと現れる。
 白くて狭い額に、チュッと音を立てて口づけた。

「あああ 阿部くんっ なななにしてるのっ」

「なんか、デコが光ってたからさ」

 頭から垂れさがったタオルをクシャリと丸めて俺に向かって投げつけた。
ここで『ナイピー』とか言ったらもっと怒るよな?と、想像して笑いそうになるのを堪えて話を戻す。

「なに?花見でも行きてぇの?」

 俺の唇が触れた部分を右手で隠すように押さえている。三橋の頬はちょっとだけ膨らんでいた。

「桜はもう散ってるでしょー 阿部くん そうゆーのわかんないよねっ」

 三橋が小さくため息をついた。さっきまで挙動不審だったくせにと思うけど、三橋が俺にため息をつけるようなったってことが、実はうれしい。
「何?新しい店とか出来たの?いきてー店とかあんの?お前も早く終われんのか?」

 いつまでも洗面所にいるわけにはいかないので、朝飯が並んだテーブルに二人で座る。
「うまそうっ」そして、「いただきます」の二つの声が重なって食事が始まる。
これももう何年も変わらない儀式。

「早く終わる 新しい店とか知らないけど、たまには外で食べたい な って」

「いいけど。どこがいいとか、俺わかんねーけど」
「じゃ、夕方までにオレ 調べてメールする ねっ」

 珍しく積極的な三橋。外食したい理由なんて、とっくに知ってるくせに俺はとぼけたまま食事を続けた。

「居酒屋とかでもいいけどな。あと、駅前に中華のチェーン店オープンしてただろ?あそこでもいいぞ」

 また、視線が彷徨いだした。
「どうした三橋?」
「な なんでも ない よっ 店はオレ 決めて メールしますっ 
阿部くん 早くご飯食べてしまって くださいっ
オレ、ちょっと急がなきゃだから」

 あぁ目が少し釣りあがってるし、鼻が膨らんでる、左右の眼球が変な所に動きだす。

 付き合ってからわかったこと。三橋は素直な頑固だ。
さらに、信用したり甘えたい人には頑固の硬さの強度が上がる。その上、意地っ張りと素直になれないというオプションがついてくる。
従妹の子なんて実にいい例だ。三橋は彼女に好き勝手なことを言える。わがままだって、強気な態度だって彼女にはとることができる。
三橋の懐の中に入り込んだ彼女のことを、オレの天敵とこっそり思っている。
 そう、そんな存在にいつのころから俺もなれたのかな。
怒った顔、いじけた顔、わがまま言いたいくせに気がついて欲しそうに甘える顔、気がついてくれない俺にイライラする顔。そんな顔を見せてくれるようになった。

 俺が出かける準備が終わっても、三橋はモタモタと部屋にこもったまま。
食事の準備や段取りはあんなに手際いいのに、どうして仕事に行く準備とか部屋の片づけとか着替えとかが遅いのかが俺は理解に苦しむ。

 バタバタと部屋から出てきた三橋と、腕時計を同時に見た。

「後5分 大丈夫だな」と、ニヤリと笑った。
「ふぇ?」
三橋の唇に軽く唇を落し、1枚の紙を渡した。

「何 これ?」
「食事の帰りに見にいかねー?」
「え?」
 あーぁ 泣かせてしまうか。三橋の目は今にも溢れそうに涙が溜まり始めた。
 三橋がガン見しているそれは、一枚の不動産のチラシだった。
 新築、今よりかなりゆったり広めの2LDKの分譲マンションが描かれていた。
 実は既に3回見学に行き、仮押さえまでしているなどとは、当然現時点ではまだ言えるわけがない。

「今より、リビング広いんだぜ。で、ここを客間にして、こっちはダブルベッドとか置いてさ。一緒の部屋でいいんじゃねーかって思うんだ」

「だだだ だから これ なに?」

「お互いの会社にってより、なにより駅にちけぇからすっげ便利だし、コンビニとか目の前とかどうよ。おまえいつでもアイスとか買って帰れるぞ」
「阿部くんっ」

 あ 今の呼び方は困ってるけど、怒ってないな。
「今日は何の日だっけ?三橋」
「知ってたの?」
大きな目だな。大きな大きな目だな。
「何の日だっけ?」
「つきあった日 で 別れた日で つきあった日」
「そうだよな。俺達色々あったよな。4月は出会った月でもあるしな」
コクコクと頷く。やばい、5分なんてとっくに過ぎてる。
「おまえ5月でいくつになるの?」
「おない 年 でしょっ」
「30だろ。付き合って10年だし・・出会って14年?15年?ってすげぇー」
「途中 別れたから まだ 8年だっ」
「こだわるね。おまえ・・」
グスンと鼻をならしながら、俺の言葉をおとなしく待っている。
「で、同棲して3年だろ。そろそろ、落ち着きませんか?三橋」
「おち つく って?」
震えている。三橋の声と肩がふるえていた。
「この家を出て、新しく俺と二人で暮らしませんか?」
「今と一緒 でしょ?」
俺は首を横に振った。
「ここ 買おうって思ってから・・さ
そういう意味で一緒に暮らしてぇんだ」
俺は呆けた三橋の頭をポンと軽く触れた。
「返事は晩飯の時でいいから。ほれ、遅刻するぞ。急ごうぜ」

 靴を履こうと玄関で屈む俺の背中に、64kgが圧し掛かかる。
「三橋ぃ おもてぇー」
「もう 52kgじゃない もん」
「わかってんよ」
「オレ 重たいでしょ?」
「別に男にしては軽い ってか、軽すぎだろうっ」
顔にかかる三橋の髪がフルフルと左右に揺れる。
「重たい でしょ?」
そう言う意味か。体重じゃなくて、三橋の性格が重たいかってことか?
俺は盛大なため息をついて、背中に三橋を背負ったままおんぶ状態でテーブルまで連れて行く。
「ほら。お前なんて軽くて簡単に持ち運べる。体力落ちたって思うなよ。三橋ぐらい軽々持てる。なんなら、会社までお姫様だっこしていってやろうか?」
「今、阿部くんがどんな顔して笑ってるか・・オレ 想像つく」
背中越しでボソボソと声がする。
「どんな顔だよ?」
「意地悪に笑ってる でしょ?」
「それってどんな顔だよっ」
「阿部くんが 嬉しい ゴキゲンって 顔」
「だからどんな顔だよっての・・」

 スリスリと首に顔を寄せてくる。おぶられたまま、俺に体重をかけたまま、三橋は甘えている。

「三橋 遅刻するぞ?」
「そうだね」
「毎朝 三橋が起こしに部屋に来てくれるだろ?」
「うん」
「毎晩 おまえ 絶対部屋に帰るだろう?」
「うん」
「三橋が起こしに来てくれるのは、続けてほしくて。
そのくせ、夜部屋に帰って欲しくないって俺の我儘通したくて、新しい家に引っ越してぇの」
「それが理由?」
「俺って重いだろ?」

背中の三橋の腕を取り、くるんと身体を回して抱き寄せる。
「もう10年も付き合ってるのに、三橋が足りない。
もう10年も付き合ってるのに、もっと三橋が欲しい。
ずっと一緒にいてくれる、形や約束が欲しい。俺の我儘。
なんなら三橋に繋がれてもいい・・ぐれぇだ。
な?重いだろ?」
「阿部くん・・」
「三橋 一緒に ずっと一緒に住む家を欲しいんだ な?」

 コクンと小さく頷いた三橋を、俺は強く抱きしめた。

 



「あべくーん おはよぉ 朝だよぉ あべくーん 朝 でっす よぉー」

それは儀式ではない・・毎朝の幸せの一部

 今日も同じリズムを刻む・・俺達の朝
「阿部くんっ 阿部くんっ ご飯 出来た よぉー」 

「おはよう 廉」
 照れ臭そうに笑う君の唇に優しく今日も触れた。


 おしまい

13/4/9 100作品記念◆いつもありがとうございます◆ひたすら甘いだけな日常・・orz



♪拍手有難うございます♪♪ご感想頂けますと泣いて喜びます
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