作文〜3〜
□シングルベッド
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シングルベッド
SIDE−A−
初めて抱いた夜 俺の方が 震えてた・・
そんな、悲しい歌詞が耳に入ったのはコンビニのレジに一人並んでいる夏の夜。
手には缶ビール1本とおろしハンバーグ弁当。
甲子園目指した頃の俺だったら、きっとスポーツドリンクとダブルハンバーグ弁当だろうな。
「お弁当温めますか?」の声に、ようやく我に返った。
「大丈夫です」と言いながら、電子マネーのカードを差し出した。
急いでレジを済ませて、俺は見たくもない雑誌のコーナーで佇んだ。
さっきの歌が気になって、この歌が終わるまで最後までこの歌を聞いていたい。
シングルベッドで・・三橋を抱いた夜。
シングルベッドで、初めて三橋を抱いた夜。
三橋は、俺の顔を見てずっと笑っていた。時々、痛そうに顔を歪める。
「大丈夫か?」と、聞けば「大丈夫」と笑う。
「今日はやめるか?」と、聞けば「やめない」と即答される。
「阿部くんはやめたいのか?」と、聞かれれば俺は困った顔で笑う。
首の後ろにキュッと手をまわして、俺の耳元で「阿部くん。このまま続けて欲しいよっ」とせつない声を紡ぐ。
俺は本当に大切に、壊れないように三橋のことを抱いた。
自分が震えているなんて、今考えるとおかしくて笑えるけど、それぐらい三橋のことが大切だった。
三橋の瞼に唇を落す。それから、目尻、唇の端・・に、チュッと可愛らしい音を立てて啄ばむ。三橋は、俺が落す唇にイチイチ反応する。目をギュッと瞑ったり、クスリと笑ったり。既に、何度も触れたことのある唇に、自分の唇を寄せる。ほんの少し触れているだけなのに、ものすごくアツい。一度、触れた唇を離して、三橋の顔を見たら、でっかい目を開けてふにゃりと笑った。ようやく、自分の中の緊張が少しほどけた気がしたけど、心臓の音は相変わらずバクバクしてるし、腰に回した手はやっぱりわずかに震えていた。
震える手で三橋の髪を梳く。ゆっくり、ゆっくりと薄茶色の髪を梳くと、少しだけ落ちついて、再び三橋の唇を奪った。
いつもより深く侵入して、三橋の唇の中を暴く。舌を絡める前に、口の中を、上顎を、歯列をゆっくりと侵す。三橋は苦しそうに、はっはっと小さく息を吐く。唇の角度を少しだけかえると、ちょっと安心したように“ふぅ”と漏らす。瞬間、舌を絡める。
「あっ」と、漏らした声が今まで違って甘さを含み、俺はちょっとだけ嬉しくなった。
でも、本当は余裕なんて一切なくて、とにかく全部、漏らさす三橋を食ってしまいたいという、変な気持でいっぱいになっていた。
気付いたら、その曲は終わっていて、陽気なアイドルソングが店には流れていた。
どうやら、この歌の二人も別れてしまったらしい。
シングルベットで俺が抱いていたのは、確かに三橋だった。
でも、三橋は違った。
三橋は、シングルベッドで俺に抱かれながら夢を抱いていた。
この歌と大きく違うのは、俺たちが同性同士で抱き合っていたってことで、俺たちには未来なんて最初からないから、別れ話だってする必要なんてなかったってこと。
別れは突然やって来て、それは三橋の夢がかなった瞬間だった。
三橋は大学卒業と同時に、プロという世界に飛び込んだ。
そう、そして俺たちの関係は終わってしまった。
今、思えば嫌いになったわけじゃなくて、別に恋人を解消したわけじゃない。
俺が勝手に離れただけだった。別れようという言葉は無かった。
俺が弱かっただけ。三橋の夢が叶って、俺が止めたことは二つ。
一つは・・三橋に俺から連絡をとらないこと
二つ目は・・俺の部屋のシングルベッドで三橋を抱かないこと
ただそれだけだった。
コンビニを出て、色々なことを今さら思いだしながら俺はゆっくり歩いた。
蒸し暑い部屋に入って、カラカラに乾いた洗濯物を取り込んでベッドに放り投げた。
そのまま、バスタオルだけ持ってシャワーへ走る。
取り込んだ洗濯物はベッドの上に・・
そう・・三橋を抱いたシングルベッドは社会人になって、2度の転勤を繰り返してもまだ俺の部屋にある。
3度目の引っ越しの予定が既に決まっている。この秋、地元への異動が決まった。
俺はこれを手離す時、三橋の連絡先をアドレス帳から消そうと決めている。
連絡先を消したくないから、ベッドを買いかえないことに自分でとっくに気が付いているくせに、言い訳で自分を雁字搦めにしてしまう。
それが、楽だから。言い訳ばかりで、見えなくなるのが楽だって気付いたのも、三橋と離れてからかもしれない。
3度目の引っ越しまで、あと1カ月とちょっと。
引っ越し先は、実家の俺の部屋。
今さら実家暮らし。きっと数年で又異動だ。
ベッドを処分して引越せばいい。
いや、愛着のあるベッドだ。どうせ実家ならこのままこれを使えばいい・・
いっそ、誰かに委ねたい。“捨てろ”と言ってくれたらいい。“処分”しろと言えってくれればいい。新しい誰かが・・いれば、いたら・・よかったんだ。
「はぁ」
変な歌を聞いてしまったな・・と、大きなため息を吐く。
次の恋でもしてりゃ・・と、さっき聞いた歌を口ずさむ。
恋の仕方を忘れた俺に、次の恋の仕方を誰か教えてくれないだろうか?
濡れた髪、上半身は裸のままシングルベッドに突っ伏した。
もう戻れないあの頃を思いながら目を閉じた。