作文〜3〜

□こんな3月14日
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こんな3月14日

 阿部隆也は首を捻った。
 掃除当番のゴミ捨てから戻ってきたら、机の上にリボンをあしらった可愛い箱が一つ。
 多分、これはホワイトデーってやつ。どうして、それが男の俺の机の上にあるのか理解できず、まるで不審物を見つけた感じで遠目で様子を伺った。もちろん、爆発もしないし動き出す様子もない。とりあえず、帰る支度をと思い鞄の中に教科書を詰め込む。それから、ゆっくり椅子に座り、その不審物をちょっと指で触って見た。

「三橋からだよ それ」

 背後からちょっと高い声。
 2年なってから同じクラスの同じく副主将の栄口勇人の声だった。
「どういうこと?」
 振り返ってみたら栄口の手にも多分同じ箱。
「お礼だってよ。三橋から。日ごろの感謝の気持ち的な?」
 なんかちょっと面白くない感じとざわつく胸の奥の奥。
「お前が置いたの?」と、その不審物を指差した。
「本人だと思うよ?クラス全部回ってたから。俺は手渡しでもらった」
イライラとはちょっと違うけど似てる感情。三橋からだと聞いたのに何故だか素直にその箱に触れることができない。
「なにその顔?ぶーたれてるよ」
どんな顔してるのか言われるまで全然気づいていなかった。
「いつもこんな顔だろ?」
「そうかもね〜機嫌わりぃ」と、三日月のような目をして笑う栄口にイラっとくる。
「お礼されることやってねぇーし」
箱を指でつついた。この箱を貰う意味を考える。考えれば考えるほど面白くない。
「気持だからいいんじゃない?」
「三橋にチョコとかやってねーし 貰う理由ない」
「俺だってやってないよ・・っていうか 阿部言ってる意味わかってんの?」
何が面白いのか栄口は頬を膨らませながら笑いを必死にこらえていた。
「何?おまえ何がそんなに面白いの?」

「阿部くん」
噂の三橋が駆けこんできた。俺は栄口を睨みつつも視線を三橋に合わせる。
「本人来たから話しすれば?先に部室行っとくね。三橋あとでね!これ有難うね」
栄口は笑いをこらえながら教室から出て行く。入れ変わりで俺の前に三橋。
「阿部くん あの これ 勝手に置いといたんだけど オレからっ」
机の上に転がった箱を上から見下ろした俺。やっぱりそれは不審物を見るような目つきだったに違いなくて、三橋はちょっと怯えてた。
「これ 何?」
いつもより2段階ぐらい声が低くなった。
「ふぇ?あの・・み 皆に・・」
「皆に?なに?」
「お礼 日ごろの感謝 とか そ ゆの・・」
「俺 いらねーし。っつーかなんでそれが今日なわけ?」
チガウ。そんなこと言いたいんじゃないと思ったけど思わず口から飛びだした言葉はもう戻らない。
「ご ごめ いらない よ ね。オレ 余計なこと した。気持ちわる い こと」

 イライラする。目の前の三橋にイライラする。机の上のちんまりとした箱にイライラする。栄口が同じもの持ってたのにもイライラする。きっと、泉だって花井だって田島だって沖だって・・全員が貰ってると思うと頭と心臓が沸騰して煮えたぎるぐらいイラつく。

 大きな瞳から涙の粒が流れてて、それを見て―泣かせてる―ってようやく気付いた。それでもうまく言葉がでない。
 固まったままの姿勢でチラリと三橋を見るとビクリと身体が震えた。
 
 三橋は俺の机から慌てて不審物を掴んだ。それでもそれを大事そうに手のひらに包んで、トレーナーの腹の中に潜り込ませた。
「ごめ ん オレ 調子に乗った。皆 ありがとうってゆってくれて・・オレ・・」
涙を我慢して引き攣った顔で笑った三橋に俺は罪悪感と自分が言いたい言葉がうまくでてこなくてもどかしくて、苦しくて拳をギュッと握ったまま立ちすくんだ。
 八つ当たりなのか、なんなのか複雑な感情をどうすればいいか自分でもわからなかった。

 二人とも何故か無言のままで時間だけが過ぎて行った。
 三橋の携帯が鳴って、部室へ行かないといけない現実の時間まで俺たちはずっと動けなかった。
「阿部くん 部活 いこっ」
 さっきまでのことがまるで何もなかったように三橋は笑って、教室から出て行こうとした。
 俺は衝動的に三橋の左の手首をギュッと掴んだ。
「俺 気持悪いとかそんなんじゃないから」
 イラついただけだ・・と言えばいいのか?何にイラついたって聞かれたらどう答えればいいのかわからないけど、この手を離したら何もかもが終わってしまう気がした。
「ありがとう 阿部くん」
 俺が欲しいのは、そんな三橋の言葉じゃなくて、誰にでも与えてるそんな笑顔じゃない。それをどう表現すればいいんだろう。

「ちがっ そういうことじゃなくて」
「部活 いこ う」
俺と目をあわせてくれない三橋に俺はやっぱりイラついてさっきより強く手首を握りしめた。
「俺 皆に配ってるって聞いてムカついた。あと、机に置いてあったのにムカついた。お礼とか言われてムカついた。お前にお礼してもらうことなんて俺には思いつかない」
 ボソボソと俺は俺の気持を言葉にした。
「阿部くんにお礼いっぱいある よ」
「お礼とかそんなんじゃなくて・・」
「いつも いっぱい 阿部くんにお世話になってる」
「だから そんなんじゃなくて」
 伝えたいことが三橋に伝わらない。
 その時栄口の顔が浮かんだ。さっき笑いをこらえてた栄口。何を言ったらああなった?三橋にも同じこと言ってみたらどうなる?
「チョコ 俺 お前にチョコやってねぇだろ?だから これ 貰える理由ない だろ?」
 確か、これであってるはずだ。
 三橋は俺が握った手の上にそっと手を置いた。伝わったからだろうか?この反応はなんだ?
「阿部くん チョコ オレに くれて たら これ受け取ってくれたの?」

 どういう意味だ?三橋が言ってる意味・・え?
「誰からも チョコ とか貰ってない から気にしないで これ 貰ってくれて・・いい そうゆうのじゃない から・・」
「やってねぇーのにくれなくていい。それもなんで今日だよ。なんでだよ。だから、他の連中にもやるんじゃねーよ
 貰ってねぇーんだったら・・誰にもこんなことすんなよっ」
 俺の声は最後の方は掠れた。鼻の奥がツンとして、目の奥が熱い。

「え?」

「来年 俺が 三橋に チョコやっから バレンタインにチョコやるからさ だからその時 その時 返してくれればいいから だから俺 今日の コレはいらねえーから・・貰う意味ねぇーし」

 完全にとっちらかってた。三橋だって混乱してる。それ以上に俺が混乱してた。
「来年 チョコ くれるの?」
 三橋の声がちょっとだけ弾んでいるように聞こえたの気のせいじゃない。
「おう」
 俺の頬はかなり熱もっている。熱い・・

「それはどういう意味で くれるの?」

 どういう意味で・・やるんだ?俺、どういう意味で?聞かれて動揺した。どういう意味だよ。俺・・

「それはオレだけに くれるの?」
 三橋は立てつづけに質問を投げる。こっちはテンパってるのに案外冷静な三橋を俺は睨みつけた。いつもの迫力がないのは自分でも十分理解していたがそうせずにはいられなかった。

 正直に俺は告げた
 ―三橋だけにやりたいから―そう告げたんだ。どういう意味か考えてなかったけど、3月にこの不審物を俺だけにくれることを約束してくれるなら・・三橋だけにあげたい。

「三橋にだけ 2月に・・バレンタインにチョコをやりてぇし・・俺だけに・・返してほしいとか思ってる。
皆と一緒は イヤだと思った から それじゃ答えになってないか?」

 ふるふると小さく首を横に振った三橋を思わずギュッと抱きしめた。
「来年までじゃこれ渡しちゃダメってこと?」
 抱き合った三橋の腹と俺の腹の間に小さな箱。それが二人を密着させてくれなくて、やっぱり俺はその不審物に最後までイラついた。
「いや、もったいねーから  貰っとく」
「うん」と、頷いた三橋の髪を撫でた。

 イライラもざわざわもどっか遠くに消えて行った。
 そういえば三橋の気持がどうとか確認してないなぁなんてことをぼんやり思いながら、さらに回した手に力を込めた。それでも、黙って子の腕の中にいるんだったら・・来年まで時間をかけて聞いていこうとさらにもっと強く抱きしめる。


 栄口は全部知っていた。
 三橋が2月14日に阿部隆也にチョコレートを渡せなかったことを。
 それから、今日阿部の机に上に転がっていた不審物がその時の箱と同じものだったことを。
 全部知っていて三橋から同じ包みの『お礼』受け取って、それから阿部を煽った。
気付かないふりをしている阿部の『初恋』の背中を軽く押した。
 それは日ごろの感謝と鈍感な阿部への恨みもあったから、答えは教えず意地悪な栄口流の二人へのホワイトデーのプレゼント。

二人揃って部室に来たら・・その時は・・大きく手を叩こうか?それとも思いっきり笑ってやろうか?

彼の目は再び三日月の形になる。それは、素敵な企み・・


おしまい

2014/3/14



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