作文〜3〜

□春 さみし〜かんたんはむずかしい〜
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春 さみし 〜かんたんはむずかしい〜

 また春がくる。又、春が来た。高校卒業して何度目の春だろうか?
 三橋と野球をしなくなって3回目の春ということだけはちゃんと覚えている。
 だったら計算すりゃ高校卒業して何年かなんてわかるだろうけど、わかっててもやらないしやりたくない。
 
 一人暮らしのアパートの鍵をあける。誰もいない。
 まだまだ手離せないコートを脱ぐ、スーツを脱ぐ。順番にハンガーにかける。面倒だけど後回しにしない。何故って、誰もやってくれないから。

 大学を卒業してから俺は野球をやめた。
 西浦の面子の誰が野球を続けているのか?田島が仕事だから続けているってことそれは知っている。大人になってもこんな変わらない物言いの自分に呆れる。
 知らなくてもいいけど、榛名も野球を続けている。夢が叶ってよかったなって心から思えるようになったのはいつからだろう?素直にすげぇよなって言えるようになったのは・・いや、今だって言ったことなかった。ただ、心の奥底で勝手に思ってるけど、言葉にするのは照れ臭いんじゃなくて、やっぱり自分の中で―無し―だから言わない。
 ただ、あの人のボールを受けてたんだなと思うとどっか胸が熱くなる。あの人の前に座ってたんだなって思うと色々こみ上げてくる。それは俺が年を取ったからだろうか・・
 あの人のことを思い出すとついでにように、思いださなくてもいいもう一人の投手の顔が過る。
 自分に嘘を吐くことが俺はすごく上手になった。
 榛名のことを思い出したから、あいつを思い出したような口ぶり。心の中で違うとわかっていてもそういう『理由』が必要になる。『理由』が無いと、考えちゃいけないといつから思う?いつも思う。

 下着のまま浴室へ移動する。誰もいないとどんな格好でうろついても小言を言われることも無い。楽でいい。強がりじゃなくこれは本音。シャワーを浴びて、誰もいない部屋でビールを飲む。
 コンビニで買った弁当食って、又一口ビールを飲む。

 ジッと鳴らない電話を俺は見つめた。
 
 どんだけ通信機器が進化しても、かけてくる相手がいないとベルが鳴らないってことに最近気がついた。
 どんだけどんだけ進化しても、思ってるだけじゃ繋がらないってことを知った。
 
 思っているだけじゃ繋がらない。それが一方通行なら永遠と繋がらない。

 時々、光る気がするんだ。慌ててスマホを手にとっても着信なんて全くない。それでも光る気がするんだ。ぼんやりと淡く繋がっているような気がする。

 明日が休みだからもう1本と冷蔵庫から取り出したビールを見て急に寂しくなった。
ビールのCMってなんだあんなにうまそうなんだろうな。なんであんなにあったけぇーんだろうな。なんであんなに人恋しくさせるんだろうな。
 今欲しいのは、ビールじゃなくてきっとCMの中にあるような温もりと、あいつ。

 また、光った・・気がした。
 光っていない電話のディスプレイの電話帳を呼びだして三橋廉≠フ名を探す。
 いつかもっともっと進化してこんな機械を使わなくても俺が寂しい時に三橋に勝手に繋がるような機器とかできねぇかな・・できねぇよな・・
 大学を卒業して2年。逢ったのは5回。それも二人きりじゃない。二人きりで会う理由なんてない。ただの元バッテリー、ただの同級生、ただの部活仲間だ。逢う理由はどこにもない。
 なのに時々無性に逢いたくなる。隣にいて欲しくなる。上目遣いで俺を見て欲しくなる。名前を呼んで欲しくなる。名前を呼びたくなる。
 彼女と別れて2週間後くらいにその症状は突発的に出て、新しい彼女が出来たら突然消える。
 そして、まさに今日がその2週間目の週末。

 電話をする理由がない。逢う理由がない。きっと俺だって、そんな感じの人から電話がかかったら困るだろう。
 そんな感じってなに?彼女と別れて寂しがってるやつ?それとも、ビール飲んで酔っ払ってるやつ?それとも・・ただの『元バッテリー』?
 例えば誰だ?水谷?困るって言うかうぜぇ。花井?別に困んねぇか・・用事があるからかけてくるってのがわかってるしな。泉?かけてこないだろう。そうだな・・沖?あ・・沖は結構困るかもな?なんか世間話の記憶がねぇな?でも、そうやって考えたらすっげぇ寂しさ倍増してきた。そもそも、俺が寂しいってのがなんか笑えるし、そんなこと誰かにいったら笑われそうだしな。

 また、ビールを一口煽った。

 繋がらねぇーかな・・こいつ・・
 アツイ視線を黒いスマートフォンに向けた。どこのガキだよ。念力とか送ってみた自分。ほろ酔いから悪酔いになってきてるか?

 何度もアドレス帳を見つめる。

 「三橋が隣にいれば彼女とかいらねーんだけど」

 コクン。ちょっと生ぬるかった。何が?
 ビールが・・
 コクン。その前の声に出た独り言。

 俺何言った?今、何言った?

 なんで三橋なんだろう?俺酔ってるな・・完璧に。気持ち悪い。飲みすぎて・・ほら又隠した自分の気持ちを、気持ち悪いのは俺の思考回路と俺の本音。
「三橋に逢いてぇな」
 酔った振りして電話しようか?酔ってるし、ふりじゃないし電話してみようか?

 結局勇気を出せずに、三橋の一個前のやつの名前を呼びだした。
「なに?阿部酔ってんの?」
「やっぱうぜぇな」

 結局『うぜぇ』のに、何故かこいつになる。
 会話が続くからだろうな。勝手にしゃべるからなこいつ。

「なに?もうどうしたの?」
「間違えたんだよ」
「また?もう阿部何回目?いっつも思うけどさ間違えるのはいいよ。でもそのあとちゃんと電話してんの?その人に・・」
「してねぇよ」
「しろよ」
「しねぇよ」
「じゃわざと間違えてんの?」
「・・・・・」
「なんで黙るの」
「酔ってんだよ」
「はいはい」
「お前うざいけど優しいよな」

 チラッとでることもある俺の本音。

「どしたの?阿部らしくないよ。やっぱ酔ってる?」

 ほらな。らしくないって言われた。

「酔ってねぇし」
「あのさ・・誰にかけたくて俺と間違ってるかそろそろ聞いてもいい?」
「間違ってねぇし」
「あのね・・じゃ、俺にかけたの?何!用事は!」
「クソレのくせになんかむかつくな」
「もう!用事ないなら切るよ」
「・・・・」
「何その無言」
「なんでもねぇ」
「ねぇ阿部酔ってる?」
「・・・・・」
「酔ってるならいいじゃん。酔ってるせいにしてその人にちゃんとかけなよ」
「・・・・」
「その人もさ。阿部と話したいって思ってるかもよ?今日みたいにちょっと寒い夜にはさ。
少し寂しくなって・・案外その人も・・そんな気持ちかもよ?」
「用事・・ねぇもん」
「俺にもないのにかけくるじゃん」
「間違えだって言ったろ」
「なんかさ。阿部って昔はちょっと大人って言うか・・まぁなんか余裕って感じあったけど、あの頃から成長してねぇよな。いや、あの頃も本当は色々足りてない子だったんだよよね。きっと・・ふてぶてしいからさ。気がつかないだけでね・・」
「何言ってんの?もう切るな」
「そういうところ!阿部が間違ってかけてきたくせに!もうっ」
「なんか発明しろよお前・・こう間違わずにかけられる電話とか」
「はぁ?」
「勢いがある時に勝手に繋がる電話とか、相手の気持ちがわかる電話とかさ・・」
「阿部・・どうしたの?本当に酔ってるだけ?大丈夫?」
「なんでもねぇ・・悪かったな」
「うん。あ!でも・・」
「なんだよ」
「俺    作っちゃえるかもよ?」
「はぁ?」
「阿部が欲しいと思ってる そんな電話」
「お前も酔ってんのか?」
「ひどーい」
「じゃ」

 ブツッと切った。俺からかけたくせに、間違ってない間違い電話。
 春だから寂しくなって、彼女と別れたから寂しくなったそれだけ、ただ人恋しい・・それだけ。
 最後の一口を飲み干した。すごく苦くてやっぱり寂しくて、やっぱり三橋が隣にいればいいのにと、又思った。

 どれだけぼんやりしてたのか、身体が冷えてきた。ベッドに移ろうとゆっくり腰を上げた。

 電話が光った。本当に光った。

―俺 作っちゃえるかもよ?―

 ふいに過るニヤリと笑った水谷の顔と声。


―欲しいと思ってる そんな電話―



 あいつがクソレが俺のために作った電話が小さく震えて、小さく音を鳴らし、ぼんやり光った。

  ディスプレイに浮かぶ名は『三橋廉』


 「三橋っ」と、叫んだ声は掠れてたし、震えてた。「阿部くん」と呼ばれた声も震えていた。
簡単なのに難しい距離の縮め方。人に頼っていいって知った25の春の夜。
 
 その夜を境に、俺のスマホは進化した。
 いつでも三橋に繋がる。いつでも三橋に繋いでくれる進化したスマートフォン。
 もう、あんまり間違えることが無くなった開発者のあいつに素直に礼が言える日はちょっと先の話し。
 間違い電話と寂しい春は同じタイミングで俺の前から消えて無くなった。

おしまい

14/3/8 三橋の日記念

次のページはおまけの三橋バージョンと言いながら三橋はあまり出ません(事前にお伝えします)


 


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