作文〜3〜

□積極的に攻めたい夜もある
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積極的に攻めたい夜もある

 三橋は毎年、毎年律義にチョコレートを用意してくれる。
 チョコレート。それは俺が苦手とする甘ったるいものである。
 三橋は俺が苦手だとわかっていてそれを用意する。
 理由は二つ。
 一つはイベントに乗っかりたいというか、三橋自身の儀式的なものだと俺は思っている。
 もう一つは簡単。それを三橋が食べるからだ。
 そうなると必然的に三橋が好きな銘柄だったり、普段手を出さない高級チョコだったり、その年の流行りだったりする。
 去年だったか、一昨年だったかは東京スカイツリーが出来た年の記念とかなんやらでバカでかく長いスカイツリー型のチョコレートを嬉しそうにプレゼントしてくれた。もちろんそれは全て三橋の口の中に収まった。
 こういうことを言ってると、三橋ってやつはと思われるかもしれないけどチョコレートはどうやら形だけというか、飾りであって俺のためにはプラスαが必ず用意してある。マフラーに手袋などの小物や、一緒に住むようになってからはよくわからない便利家電なんかが毎年少しずつ増えて行った。
 それなのに俺は一度も三橋にバレンタインに何か用意したことはない。いや、あったかも?でもそれはなんか記憶から消したいくらい恥ずかしく甘酸っぱい思い出なので封印してしまった。きっと付き合い始めてすぐとかそんな時にやったのかもしれない。
 それ以降、貰うばかりで何かをあげた記憶が一切ない。さらにお返しと言うものも一切していない。釣った魚にえさをやらないとかそんなんじゃなくて、本当に何を返していいのかもわからないし、ああいうイベント的な売り場に自分がいることを想像するだけで鳥肌が立つ。インターネットとかコンビニとか手軽に何か用意できそうな気もするけど時期的にも忙しく(言い訳だけど)結局2月、3月のこの手の行事に参加したことはなかった。
 三橋は何も文句言わずに、俺が三橋から貰ったはずのチョコレートを嬉しそうに食べている。だから、それでいいと思っていたんだ。

 今年はそれじゃいけないと・・考えるきっかけが起きた。
 それはごく日常の同僚との会話。

 俺はその日珍しく同僚数人で昼飯を食べに出かけた。そこは、自分一人では絶対でかけないようなちょっとおしゃれな感じのレストラン。本当は飯を食いたかったけど、パスタランチなんて俺らしくない洒落たもんを皆と一緒に頼んでみた。
 座り心地の悪い椅子、ほんのりレモンの香りがする水、居心地が悪い。早く飯来ないかなと心の中でため息をついた。
 店内をくるっと見渡す。三橋の嬉しそうな顔がふと浮かぶ。木の香りがしそうな(実際はしない)可愛いらしい店。こういう店って三橋結構好きかもなとそばにいない恋人のことを考える。甘ったるいカフェメニューに目をキラキラさせそうだし、よくわからないカタカナメニューに舌を噛みそうになりながら『阿部くんこれ頼んでみる?』と、上目遣いで俺を見たり・・想像するだけで頬が緩む。

「阿部さんって彼女と長いんですよね?」
三橋のことを考えていた真っ最中だったんで、ちょっと動揺しつつも、正直後輩の弾んだ声は面倒くさくて仕方ない。とりあえず愛想笑いで逃げることを決め込んだ。
「バレンタインとかって彼女さん張り切っちゃいますか?」
「あぁ どうだったかな?」
 ほとんど空っぽにちかいレモン水を一気に飲み干して氷を噛み砕く。
「長くても張り切っちゃう彼女さんだったら阿部さん愛されてるって感じでしょ?」
―愛されてる感じ?―って、実際なんだよと突っ込みたいけど長くなりそうで止めた。
「どうか・・な」
 他人の話しになると男も女も関係なく興味ありありで一緒にテーブルについた同僚たちが一斉に俺の顔を見てはニヤつく。
 話を逸らすテクニックももたないから、とりあえず早くパスタランチとやらがこないかと何度も厨房あたりに視線を送る。
「じゃ阿部さんも3月へのお返しとか張り切っちゃうんですか?もしくはバレンタインにいちゃいちゃしちゃいます?」
 いや、いちゃいちゃなら毎日でもしてますけどと余計なことは言わない。
「阿部がいちゃいちゃとか気持ち悪いだろう」
「お返しとかもやらねぇーんじゃねーの?」
 ようやく男連中からの助け船が出て俺はホッと息を吐く。
「ヤらねぇーな・・確かに・・」と、ぼそりと一言発したところでようやくパスタがテーブルに並んだ。
 俺はくるくるとパスタをフォークで巻きながら頭もくるくると悩ませていた。
 あんだけ三橋が毎年張り切ってバレンタインってやつをやってるのに確かに何一つ返してない。しかも、さっき出た“いちゃいちゃ”ってやつ。俺が思ってる“いちゃいちゃ”ってやつは一般的にどのレベルだ?三橋が欲しい“いちゃいちゃ”とかなり差があるかもしんねーな?だからと言って、目の前のこいつらに“いちゃいちゃ”ってどの程度を言うのか聞いてみたらそれこそ大変なことになる。
 思いだしたら高校時代もこういう恋愛の話しになるとなんか一人ずれていたというか、情緒が無いだの、即物的だの、相手が可哀想だの散々言われてきた。年を重ねたからと言ってそこがグンと成長している自信はないが、何より俺と三橋がうまくいってるからいいんじゃねーかな?いや、うまく行ってるって思ってるの俺だったらどうするか?

「阿部 顔 こえーよ」

 俺は眉間にしわを寄せたまま、もくもくとパスタを食べる。
 結局、今日のパスタはうまいのかまずいのか全くわからないまま昼休みは過ぎて行った。

 そんな出来事があった今年のバレンタインは俺なりに三橋にしっかりと満足させてやろうと心に誓った一日だった。

 そう!三橋が満足する甘い夜を過ごす!それが長い間付き合い、かつ同棲生活に突入した俺の今年のバレンタインの課題だ。

 
 2月14日。今年のバレンタインは金曜日。

「うしっ 試合開始だ!」
俺はドアを開ける前に気合いをいれる。

「ただいま」
 いつも通りの時間に帰宅すると、三橋は既に帰宅していた。美味しそうな匂いがキッチンから漂っていた。
「阿部くん おかえりなさい」
 既にバレンタインという試合は始まっている。負けねぇぞ!バレンタイン!
 パタパタと玄関に走ってきた三橋を捕まえてギュッと抱き寄せた。まずは俺の攻撃だ。

「三橋 ただいま。お前に逢いたくてすっげぇ急いで帰って来た」
決まった!間違いない、こんな歯の浮くような言葉最近言ってねぇし、最近どころか一回も言ってねぇか?

「阿部くん?」
三橋の顔を見たけどそんな嬉しそうとか恥ずかしそうとかじゃないな?
あれ?なんか不思議そうな顔してる?俺的にはとにかくバレンタインスペシャル甘い感じにしたつもりだったけど。
「お腹減ってるのか?」
 きょとんとした顔で聞くなよ。さっきの俺の恥ずかしいセリフは無視ですか?
「いや まぁそうだけど な。えっと今日は何?」
 なんだか、結局通常モードに戻った。抱き寄せた手もさりげなく外す。
「今日はね。ビーフシチューだ よ。あとデザートもあるよ」
「おう。楽しみにしてんよ」
「着替えて来て下さい。あ!それともお風呂先入る?」
「あー・・風呂は・・あとにすっかな」
「やっぱりお腹減ってるんだね。うひっ。じゃ着替えてきてね」

“風呂はお前と一緒になっ!”て、言おうとしたけど、なんかやっぱりちょっと照れて言えなかった。そこが俺のダメなとこか!うしっ風呂入る前に言ってやっから覚悟しとけよ三橋!と、キッチンに走り去った三橋の背中に向かって一人ごちた。

 和やかに夕食も終わり、すっかり腹いっぱいになってソファでまったりしていた俺の横に三橋がスポンと腰かけた。
 ここからがホントのバレンタインの始まりだ!確かさっきもそんなことを言ったようだがあれはまだまだ序章に過ぎない。
 俺のこれからの攻撃に三橋が驚いたり、照れた顔を見られると思うとかなり心も身体も昂ぶった。
 一人昂ぶってる状態の前に恒例のチョコレートが俺の目の前現われた。今年は結構でっかい箱。早
「阿部くん これ バレンタインのチョコですよー」
「あんがとな」
 
 早く開けて欲しそうにジッと見る熱い視線。
 そんなにこのチョコ食いてぇの?お前のバレンタインも間違ってねぇか?と、少し首をかしげた。

 早速リボンを外して箱を開けたら案の定甘ったるい匂いに俺はむせそうになった。
「三橋も食っていいからな」と、チョコレートの箱をそっとテーブルに置きながら三橋の腰を抱いた。
「いっつもありがとうな。俺・・毎年なんも準備できてなくてわりぃって思う」
「阿部くん?どうしたの?」
うるうると大きな瞳が俺を見つめる。三橋の目って相変わらずでけぇなーと久しぶりになんかときめくっていうか、三橋は可愛いなぁってしみじみ思えてギュッと強く抱き寄せた。
「バレンタインだしさ。明日休みじゃん?だからたまには一緒に風呂とか入ろうか?三橋?」
「ふぇ?阿部くんお風呂は一人で入りたい派っていっつも言ってるよ?」
「あーだから、そうだけど・・さ たまにはいいじゃねーの?こういう時はな?」
もっと、強引に男らしくなんなら三橋を抱いたまま風呂に連れていければいいけどなんか三橋が乗り気じゃないのが気になる。
「お風呂ね。オレ阿部くんが帰ってくる前に入ったん・・だ よ」
「あ そ・・か」
場がしらけたというか、俺の気持ちの行き場が無くなったと言うか、勢いもなく、そもそも三橋はこのバレンタインにどういうことを求めているのかと急に理屈っぽい俺の本質が顔を覗かせた。
「三橋。ちょっとちゃんと座れ」
自分が抱き寄せて盛り上がったくせにと思いつつもそういうことは棚に上げた。
「お前、俺に不満とかねぇの?」
「え?どうして?」
あれ?そんな話しじゃなかったな。そうそう、バレンタインだった。
「もとい。バレンタインに俺お前に何にもしねぇーじゃん。お前だって男だろ?本当は俺からなんか貰いたいとか、もしくは3月にちゃんと返して欲しいとかねぇーの?」
「だって、阿部くんにあげたチョコってオレが食べてるでしょ?」
「あ・ぁ そうだな。だから、だからさ 俺が今日はお前といちゃつこうと思って張り切って風呂とか誘ったんだよ!なのに、あっさり断りやがって」
「え?そうなの?阿部くんがお風呂は一人って・・ゆった」
言いました。確かに、言いましたけどそれはそれだろう!と、言いたいが三橋にそれが通じる自信が全くない。
「でもなんかこう盛り上がったほうがいいだろう?せっかくバレンタインなんだし」
 今まで一回も盛り上げたことがない男の口がこういうことをよく言えたもんだと、我ながら笑える。
「バレンタインだから?盛り上がるの?」
 三橋の頭の中がものすごい勢いで回転してる。
でも、俺の方がもっと早いスピードで処理してんだ。負けねぇからな。
 
「いちゃいちゃしよう!」

 完全に俺は俺を見失った。
 いくら処理速度が早くても、勢いで言葉のチョイスを間違えた。カァ―っと自分の耳が熱くなった。

「阿部くん?いいの?」

 三橋の目はキラキラと輝いていた。
 勢い大事!勢い正解!ナイス勢い!耳が熱いのは部屋がアツイからきっとそうだ。

「おう!何すっか?まずはここでこのままソファでエロいことすっか?」
「阿部くん あのね!オレね オレね」
 俺の今日の計画。強引に三橋を抱く、恥ずかしいこといっぱい耳元で言って、よがらせて、めちゃくちゃに溶かして、喘がせて、最後に俺を欲しがらせる!なんならさっきもらったチョコをまず三橋の口で溶かしてキスしてそのどろどろの唇を舐めて・・
 俺はニヤリと笑って三橋に視線を送った。きっとその視線は獲物を狩るハンターの目。さらに、雄独特のいやらしい視線の二重攻撃。勝ち誇ったように三橋を見つめる。


 瞬間、天地がひっくり返った。


 俺の頭はソファに埋まり、視界には天井と三橋の天使ではなく悪魔の笑顔。そうまるでハンターで雄の・・あれ?なんでだ?
 俺の上に三橋が乗っている。全体重がかかっているはずなのに軽いなぁなんてどうでもいいこと考えてる間に三橋が次の行動に出た。
 「阿部くん だったら・・阿部くんを縛ります」
 三橋はチョコレートにかかっていたリボンで俺の両手を縛った。それからチョコレートを一粒口に含み、舌で溶かしながら俺を見ながら又笑った。
 「オレがずっと一人で食べてたチョコ・・今年は一緒に食べようね・・阿部くん」
 甘ったるいチョコレートが俺の口の中に押し込まれて、かき混ぜられて、喉奥に流し込まれた。
 むせるような甘い匂い中で、チラッと目に入る手首のリボン。そのリボンもチョコレート色で俺の手首にキュッと巻きついていた。ピンクや赤のリボンじゃなくてよかったなとか、今年のバレンタインって俺負けじゃね?試合放棄、なんならコールドでと、本当に本当につまんないことを考えていた。

「阿部くん 今夜は離さないよっ」

 俺は縛られたまま朝を迎えた。ソファにはチョコ色の染みと、全裸の三橋と半裸の俺。
 
 どうやら三橋は今までのバレンタインの想いを一気にぶつけたようですっきりした顔ですやすやと俺の腹の上で眠っている。
 俺は動けないままバレンタインは過ぎて行った。
 動けなかったのは身体がどうとかそんなことじゃなくて、色々受け止めることできない自分と、自分の不甲斐なさに打ちひしがれたというのが正解だ。
 ただ、思惑通りだったこともある。それはとても甘い夜。三橋は動けない俺を思う存分堪能しつつ、十分乱れて喘いで果てた。
「阿部くん チョコよりオレ・・阿部くんのコレ欲しい・・」とか・・とか・・普段言わないすっげぇこと言ってた。俺の身体はチョコレートまみれでしっかりと三橋は自分がプレゼントしたチョコを俺の身体に塗りたくって食べてくれたようだった。
 正直来年がこれでは思いやられる。2014年決意も新ただったはずの阿部隆也のバレンタインデーは幕を閉じた。
来年・・リベンジの決意とともに

2014/2/18
※ミハベじゃありません。アベミハです。




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