作文〜3〜

□ゆらゆらゆらり
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ゆらゆらゆらり

 また、誰かに運ばれている。
 ゆらり揺れて心地よい背中。ダラリと力は抜けて、頭は何も考えられない。
試合に勝った興奮も、疲れも何も無くて、オレはただその背中にいつも揺られている。
 思考は止まっているのに、鼻先にかすかに感じる汗の匂い。
 思考は動いていないのに、胸に感じる温度。

 ゆらり ゆらり 電車に揺られる心地よさ。ゆらり ゆらり プールにぷっかり浮かんだ気持よさ。
 ゆらり ゆらり 誰かの背中におんぶされる居心地のよさ。そう、これはどれとも違う居心地のよさ。
 オレは誰の背中に身体を預けてるんだろう? それが誰かは知らない。気付いたときはもうベンチやら移動のバスやら自宅やら横たわっているのだから。
 それでもそれがいつも同じ人だってことだってのはわかる。だって、あったかいから。夏だから熱いとかそんなんじゃなくて、あったかい同じ背中。オレの心臓とその背中は密着して揺れて揺れてあったかい。

 1年生の時ほどではないけど、オレは時々試合が終わったあとに意識を無くなることがある。そんな時にどうやら誰かがおぶって運んでくれているらしいとしばらくしてから気がついた。
 それが誰だかわからなくて誰に聞いても返事が曖昧だったからなんとなくそのまま過ごしていた。

 ゆらり ゆらりと運ばれることを心地よいと思ってはいけないのに、なんだかその背中が誰か付きとめることが怖くなってきた。それはよくわからないけど罪悪感に近い気持。

―なんで ザイアクカン?―

 オレはそれ以上考えることは止めた。
 
 合宿の中日に、オレは久しぶりにしんどくなって、気がついたらまた運ばれていた。
 その日は、なんとなく誰か本気で確かめたくて色々な人に聞いて回った。
 田島くんは『いつもと一緒のやつだろ?』ってニシシと笑った。
 だから、今日はしつこく聞いた。
 『いつも一緒って誰?』って、そしたら『知らねぇー』なんて言いながら走って遠ざかった。
 花井くんに聞いてみたら『あーよく見てなかった』ってごまかされた。
 『花井 くん は見てたで しょ?』って、真剣に詰め寄ったけど『まじで後輩指導してたんで』とかなんとか。
 沖くんに聞いてみたら『水谷かな?』って言ったから、水谷くんに聞いたら『沖じゃない?』って絶対違うってわかるような答えが来た。
 阿部くんに聞いてみたら『シガポだろ』って言って素っ気なく立ち去られたけど、今日はシガポは夏期講習の方に顔出してたから部活に来てないことをオレはもちろん阿部くんだって知ってるはず。

 色々な人に聞いてみてわかったことが二つ。
 それは過去も今も誰一人として“阿部くん”という名が一回も出てこないってこと、もしくは“知らない”ってニヤニヤしながら誤魔化す人が多いってこと。
 もう一つは、阿部くんの答えだけはいつも適当でも誰かの名前を告げることと、“知らない”とは言わないこと。もちろん、阿部くんが答えたその人に聞いても“俺じゃないよ。知らない”と答えることが多かった。

 栄口くんに聞いてみた。本当の答えをちゃんと答えてくれるのは栄口くんだって思ったから。

「三橋が思ってる人だよ」って、栄口くんは笑顔で正解を教えてくれた。
 オレは栄口くんの前で真っ赤になって俯いてしまった。だって、オレが思っている人が栄口くんにわかってるってすごいって思ったから。
「オレ が 思っている人 って考えたら なんか 嬉しいけど わる い 気がして」
 もじもじと、そして途切れながら本当の気持ちが思わず口からこぼれた。
 栄口くんはさっきよりもっと笑いながらオレの肩をポンと叩いた。
「悪いことなの?」
 オレは首を縦横斜めに振った。
 背中をポンポンと二回叩いて栄口くんは遠くへ行ってしまった。
 
 何故罪悪感に襲われるかわからないけど、今は栄口くんが背中を押してくれたことでオレはそれが悪いことじゃないって自分自身に答えを出した。

 また、いつかあの背中におぶさる日がもし来たら・・
 もちろんわざと倒れるなんてバカなことはしないけど、もしそのチャンスがあったならば今度は少しだけ意識があるといいな。

 その時は再びあの背中の熱を感じて、香ばしい汗の匂いをクンと嗅いで、オレをしっかりおぶってくれる分厚い掌を感じた時に呼んでみようかな。
 その人の名前を “ありがとう 阿部くん” って・・

2014/1/30

ちょっとポエミーでドリーミンですみません


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