作文〜3〜

□ほったらかしの恋
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ほったらかしの恋

 卒業式。
 そっと腕を引かれて人気のない自転車置き場に連れて行かれた。
 阿部くんもオレもいつもと違ってよそ行きの格好で、阿部くんはちょっと大人っぽく見えるけどオレは阿部くんの瞳にどんな風に映っているのかな?
 阿部くんは強く引っ張った手をほどいた瞬間、オレをまっすぐに見つめて一言こう言った。

「2年のはじめぐらいからお前のこと好きだったんだ」

 オレはその告白にホッペが真っ赤に染まっていくのがわかった。それからブルッと身体が震えて、『オレも』と頷こうと思った。
 その時、阿部くんは妙に自分だけすっきりした顔で笑いながら続きを喋り出した。
「やっと言えたし、そいで卒業だな!」
 ニッカリと笑う笑顔にオレの気持がおいてけぼりになった。
「ふぇ?」と、変な声が出た。両手の拳はグッと握って、オレは頷くだけだったのに、『オレも』と、縦に首を振るだけだったのに、阿部くんは完結してしまった。
「早まんなくてよかったって今なら思う。お前に変な負担かけただろうしな・・でもちゃんと終わらせとかないと新しい生活始めないといけねぇしな・・お互い」
 真っ黒い髪をガシガシと掻きながら、照れたように笑う阿部くん。
 “早まるってなに?”と思った。何を早まらなかったの?なんで早まらなくてよかったの?そんな疑問もあるけど、何よりオレは返事をしたくて慌てていた。

「阿部くん あのね」
 オレは続きを言い出せなかった。だって、阿部くんは続きを求めてなかったから。
 そのまま、強引に握手を求められてオレたちは別れた。
 阿部くんの恋は終わったみたいだ。オレの恋はほったらかされたまま止まってしまった。

 
 卒業後は慌ただしくて、大学生活に慣れることで忙しかった。それでも、オレは阿部くんのことを忘れるなんてできなくて、いつも隣にいた阿部くんを時々探してため息をついた。

 野球部の定例飲み会は毎年3月に行われていた。数人とかでちょこちょこ集まることもあったけど、3月はできるだけ全員集合を目指していると田島くんが言ってた。
 選抜がはじまるよりちょっと前に、そうやっぱりそれは卒業式の日に近い。
 阿部くんもオレも今のところ毎年参加で、阿部くんはドンドンお酒が強くなって、オレはいつまでたっても美味しいと思えなくていつも途中からカルピスを舐めるように飲んでいる。
 オレの隣に阿部くんは来ない。遠くから阿部くんの声が聞こえる。その声を聞いて懐かしいとか、嬉しいとか、温かい気持ちとかちっとも湧いてこなくて、高校時代にいつもそばにいたくせにオレと阿部くんはあの卒業式の日からとてもとても遠い場所にいるようだった。
 オレは西浦で3年間過ごして、ちょっと図々しくなったのかもしれない?
 皆が優しくてかまってくれて、気にしてくれることに自分でも気がつかないうちに調子にのってたのかもしれない。阿部くんがオレにかまってくれなくて、ほっとかれてることがとても苦しくて、イライラが毎年少しずつ降り積もって行くようだった。
「彼女?」と、誰かの声が聞こえた。
「ちょっとわりぃ」と、電話を持ってその場から離れて行く後ろ姿をぼんやり目で追った。 
 なんだ、彼女いるんだ・・いるだろうとわかっていたけど自分だけ先に進んでいく阿部くんにイライラがぶくぶくぶくぶく湧いてくる。もう、降り積もっているどころじゃなくてなってきた。

 それから、何回か一緒に飲んで、大学を卒業して何年目かのやっぱり3月に阿部くんは初めてオレの隣に座った。
 チラチラと携帯を確認する姿にオレは隣にいるのにほったからしが寂しくて、無言でお酒は煽った。ビールに梅酒にウーロンハイ、今飲んでるのはカシスオレンジで、この後巣山くんが飲んでる赤いワインを飲んでみようと思った。
「三橋飲みすぎだろ?」って、何度か言われたけどオレは無視して飲み続けた。
「ほっといて くだ さい」
「大丈夫か?お前・・ちゃんと食ってから飲めよ?」
「ほっとい て」
会話は全然続かなくて、なんで阿部くんはオレの隣にいるんだろうと思いながらも自分から席を立つことは出来なかった。
 阿部くんの携帯がキラリと光った。阿部くんが携帯を握りしめて、いつかのように席を立とうとした時、オレは衝動で阿部くんのセーターを思いっきり引っ張った。
 そうだ、オレはあの時から立ち止まったままで、阿部くんだけすっきりして次に進んで、もうオレのことなんて勝手に終わらせて・・そんな気持ちを吐き出したかった。吐き出して吐き出してすっきりしたかった。
 オレは阿部くんのセーターを引っ張ったまま抱きつくようにその胸に飛び込んだ。そして、思いきり吐き出した。
 そう。真っ黒いセーターに吐き出した。思いきり吐き出した。それは今までの気持ではなくて、今日食べた全てのものだった。
 そして、そのままダイブするように吐瀉物にまみれながらオレは阿部くんの胸に飛び込んだまま記憶を失くした。
 それでも、なんだかすっきりして今まで溜まった想いまで吐き出せたみたいで本当にすっきりして深いに眠りに落ちた。

 気付いた時は、知らない部屋の知らないベッドで知らない服を着て寝ていた。
「水か?ポカリか?お茶か?」
「み ず」
「ほら」と、ペットボトルが手渡されてオレはコクコクと音を立てて飲んだ。
「ほったらかしたわけじゃねーよ」
 阿部くんがベッドの脇に腰を下ろて、オレの髪を優しく撫でた。
「オレ なんか 言った?」
「ゲロにまみれて幸せそうに笑ってキモかった」
「うっ」
「そいで、ずっと俺の悪口言ってた」
 変な汗が額から流れそうだった。
「わる くち?」
「そう。はるか昔の美丞の時足怪我したのもダメとか言いだしてたな・・わかってっけどそこまで不満だったんならもっと早く言えって」
「ご めんなさい ・・ 他には?」
「あーほったらかしだってずっと言ってた。ずっと隣にいるって思ってたとか・・あと」
「あと?」
「オレのこと好きっていったくせに・・とか?」
「うおっ ごごご ごめん なさい」
「いや。言ったしな。好きだしな」
「今は違うでしょ?そいで、オレはあの時返事 してない でしょ?」
 オレは思わず布団を引き寄せて被った。今、ちゃんと終わらせないとダメだと頭の中に過るけど、阿部くんには既に過去のことだと言うこともわかっているから踏み出す勇気が出ない。
「あの時返事聞いてよかったのか?聞いてもどうにもならねぇだろ?」
 布団の中は暗くて、阿部くんの声はこもって聞こえにくいけど又置いて行かれると思ったから慌てて顔を出した。
「阿部くんはいつも一人で決めるから勝手だ。どうにもならないかわかんないでしょ?」
「わかってたよ。男同士でどうにもならねぇよ。だったら終わらせて置いた方がいいんだ。お前は大学で可愛い彼女見つけて、社会人になって幸せになればいいんだ。それでいいんだって俺が決めたんだって」
「だから なんで阿部くんが決めるんだ?」
「ずっと隣にいたから。俺が決めていいんだ。俺のことも、三橋のことも。あの日までは俺が決めていいんだって。」
「あの日?」
「西浦にいるあの日まではな」
 遠くにいた阿部くんが、ちょっとずつ近くに感じてきた。オレはもうあの日に戻りたくないし、あの日から卒業したんだって改めて思えたから今度は本当に気持を吐き出すことにした。
「オレも阿部くんが好きだ よ。過去形じゃなくてあの日の前からずっと好きで、あの日からもずっと好きだよ。彼女いるなら振って下さい。誰かいるならちゃんと振って下さい。オレの恋を・・ほったらかしにしないで 阿部くん」

 ブルブルと身体が震えた。ブルブルと声が震えた。

 阿部くんの気配が消えて、誰かに電話を掛ける声が聞こえた。
 オレは又ほったらかしにされたんだと理解してベッドから身体を起こして帰ろうと玄関に向かった。
 “着替え”とか、“今日のお礼”とかいっぱいやらないといけないことはあるけど、もう何も考えたくなくて、涙もでない自分がおかしくて玄関にたどり着いた時、阿部くんの声が追いかけてきた。

「三橋 ほったらかしにもうしねぇー 絶対しねぇーから
 ずっと好きだった。彼女とも今別れた。って言っても、いっつも長続きしねぇし。
 あの頃から結局三橋しか好きになれねぇから。だから、だから・・今日は返事くれ。
 まだ間に合うか?三橋」

 振り向くと、阿部くんは怖い顔をしていた。あの日のすっきりしたような顔じゃなくて、困ったように、それでいて泣きそうで、そんな怖い顔をしていた。

 オレはしばらく動かなかった。阿部くんが又勝手に何か言いだすならそれを待ってみることにした。1分経っても、5分経っても阿部くんは何も言わない。でも、どんどん顔が引きつっていく。
「もう ほったらかし しない?」と、ようやく振り絞ったら阿部くんは頷いた。
「オレも好きだ。ずっと・・ずっと」
それから、ようやく大きく頷いた。あの日、置いてけぼりをくらった首を大きくコクコクと振った。
 ようやく、息ができる。ようやく、前に進める。
 あの日からあの日から動き出せる。

 優しく腕を引っ張られて、今夜2回目の阿部くんの胸の中に飛び込んだ。
 「もうほったらかさない」と、何度も優しく告げる阿部くんにオレは何度も頷いた。
 オレたちの恋が再びゆっくりと動き出した。
 それは卒業して7年目の3月だった。

おしまい
2014/1/25

※阿部が三橋を介抱して、くだを巻く三橋編とか・・いりますか(笑)




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