作文〜3〜

□雨音
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※注意※
阿部誕生日作文ですが阿部はほとんど出ません。
又若干暗い作品です。それでも大丈夫な方のみお進み下さい。
よろしくお願いします





雨音

 目の前を濡れて走る阿部くんを呼びとめた。オレは傘を差し出して一緒に入ろうと告げたのに、阿部くんは首を振って再び走った。
 数メートル先に赤い傘が待っていた。阿部くんはその傘に飛び込んで、その傘を持ちあげた。
 赤い傘の持ち主が濡れないようと注意してるのが遠目でもよくわかる。阿部くんの左側がびっしょりと濡れ続けていたから。それでも、小さな傘の中はきっと暖かいんだろう。笑うように揺れている。揺れ続けながら、少しずつオレから遠ざかって行った。
 立ち止まったまま、オレはその傘が小さくなるまで見ていた。ザァザァと激しく叩くように降り続ける冬の雨に傘が痛そうだと思った。本当に痛かったのはオレの胸の奥だった。
 野球ができない冬は嫌いだ。野球ができない雨が嫌いだ。野球をしていない阿部くんが嫌いだ。
 ぶつぶつと口の中で繰り返しながらオレはようやく歩きだした。

 その日オレは阿部くんへの想いを封印した。その日を境に部活以外の阿部くんのことを知ることを一切止めた。
 それは2年間続いたあと、高校卒業と同時に忘れていた。


 その日も雨だった。外回りから帰って来た人たちが濡れて寒いと言っていた。夕方だというのに窓の外は真っ暗で、なんだか気持ちまで真っ暗になりそう日だった。
 クリスマス前で街中イルミネーションがキラキラしてるのに雪じゃなくて雨が降ると浮ついた気持ちが一気に下がっていく。
 定時を過ぎて、会社を出て、電車に滑り込んで、座席を確保できたところでようやく携帯のチェックを始める。
 野球部の懐かしいメンバーからのクリスマス会兼忘年会のお誘いメールが届いていた。大学を卒業して4年も経つのに毎年ちゃんと幹事を担ってこの回は続いている。自分の当番が一番最後だったことをふと思いだした。
「3年最後の公式背番号の逆でどうだ?」と、誰かが提案したからオレは10番目の幹事で、その前が阿部くんだ。
 その時は賛同することに一生懸命で気が付かなかったけど、もし仮に背番号順になったとして、一番最初にオレが幹事なんて重要な役割できるはずないって皆わかっていたんだ。
 阿部くんは3回に1回ぐらいしか忘年会に参加しないけど幹事の時ぐらいはちゃんと参加するのかな・・ぼんやりと届いたメールをオレは再び見つめた。今年の幹事は巣山くんだ。田島くん・栄口くん・沖くん・・そして阿部くん、そしてオレ・・まだまだ先だなと未来の自分たちの姿を想像してちょっと笑った。
 
 改札を抜けて、家路までの道を歩く。止まない雨の粒が容赦なく傘に叩きつける。

 ふと目の前に赤い傘を見つけた。

 オレは動けない。なんで?なんでだ?

 もう10年?もっと?そんな前に同じ景色に遭遇したことがある。オレの後ろからその人はやって来て、オレの横を通り過ぎる。オレが声をかけて、それに振り返るけど首を振って駆け抜ける。そして、そのまま赤い傘の中に入っていく。
 もう10年?もっと?
 忘れていたのに、本当に忘れていたのに・・乱れた。壊れた。溢れた。

 眼の縁が急に熱くなって、赤い傘がぼやけて歪んだ。

 あの時も、立っているのがやっとだった。
 
 野球ができない冬も、雨も・・阿部くんもキライになったのもあの日・・
 12月11日のあの日 封印した気持ち
 まさか同じ日にその封印がほどけるなんてオレは思ってもみなかった。
 封印したのは想いだけじゃなかった。
 オレの中から「12月11日」という特別だったはずの日も一緒に封印したのだから。

 ずっと逢ってない人なのに、ずっとずっとずっと避けていたのに阿部くんがオレのことをどう思ってるとかそんなの関係ないぐらい、しまい続けていた気持がとめどなく溢れてくる。

 どれぐらいその場にいたのかわからないけど、オレの身体は冷えきって、手は痺れて唇はブルブルと震えていた。
 気がついた時には赤い傘はいなくなっていた。

 再びオレは歩き出した。

 熱いシャワーを浴びて、窓の外を眺める。相変わらず雨は止めそうになかった。

 雨の音を聞きながら、オレは10年前の自分に決別した。
 前に進もう。もう高校生のオレじゃないんだ・・

 あの頃のオレは阿部くんを引き留めることもできなかった。でも後悔してるのはそれだけじゃない・・たった一言伝えたかった言葉すら言えなかった。雨の音に消されても、風に飛ばされてもその一言はきっと告げてよかったのに、封印したのだってオレの心が弱かっただけだ。好きだと言う思いを告げる前に、もう一度阿部くんに逢って友達になりたい。野球以外のオレを知ってほしい。雨でも冬でも・・オレに逢って欲しい・・阿部くんに逢える友達になりたいんだ。

 日付が変わる前にオレは勇気を振り絞ってアドレス帳の一番上の名前に触れた。

 1コール・2コール・・

「夜遅くにごめんなさい 三橋です」
「なに?忘年会の話し?」
「今だいじょぶ?」
「あぁ大丈夫だけど?珍しいな?お前から電話とか・・」

 急に赤い傘が脳裏に浮かんだ。こんな日に、阿部くんが一人でいるはずないじゃないかと急にオレは気がついて、受話器が壊れそうなぐらい握りしめてしまった。
 それでも、目的を・・今日の目的だけでもちゃんと伝えたい。

「誕生日 おめでとうございます」

10年間言えなかった言葉を届けた。
雨の日の赤い傘がフラッシュバックした。

もう一度オレは告げる。

「阿部くん 誕生日 おめ でと う」

 

 そこから先の未来はまだわからないけど、雨音が少しずつ優しく響き始めた。

「知ってたのか?三橋?」

「知ってたよ オレ」

「初めて聞いた 気がする お前からおめでとうって」

 赤い傘が消えて行く。
「ありがとう 三橋 覚えててくれて ありがとう んだよっ 突然だなおまえ。びっくりするじゃんっ」

 赤い傘は消えてなくなった。

「そいでね 阿部くん オレ・・」

 もう子供じゃないから、そこから先はちゃんと自分で進んで行ける。友達になりたいって言うのも、逢って話しがしたいって言うのも・・高校の時に秘めていた本当の想いを伝えることだってできるし、秘めたままでいることだってできる。
 それでも、この先どういう形であってもいいから、ちゃんと進んで行こう。

 でも、せめて今夜だけは10年前のオレに戻ろう。
言えなかった隠していたたくさんの言葉達を阿部くんに届けよう・・この雨の調べにのせて・・

 Happy Birthday 阿部くん・・

13/12/11

これも阿部誕生日作文です。
このあと二人はうまくいくのです!
そうなのです!




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