作文〜3〜

□Don't say・・・
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Don’t say

 お風呂からあがって、髪を拭く。阿部くんが昔いつも言ってたから、オレはそれを守ってしっかり拭く。
『風邪引くんじゃねーよ』
『髪はしっかり拭け!ドライヤーもちゃんとかけろ!』
『あーまだ身体濡れてんのにTシャツ着るんじゃねーよっ』

 髪から雫も落ちないし、身体もしっかりバスタオルで拭いた、ちょっと寒くなったからお風呂上がりに靴下も履いた。
ふーっと大きく息を吐いた。そんな小学生でもできるような当たり前のことを23の男が一つずつ注意して風呂からあがる。自分でもおかしくなっちゃうけど、それがずっと染みついてしまったから仕方ない。
 他にもいっぱいある。口いっぱい頬張って食うな。しっかり噛んで飲み込め。部屋は片付けろ。帰ったら手洗い・うがいは忘れるな。まぁ・・さすがに投手じゃなくなってから生ものに気をつけることは減ったけど、牡蠣とか口にするとき一瞬阿部くんの顔が過るのはもう習慣。

 オレはチラッとベッドに投げだしたスマホに目をやる。
 そろそろくる・・
オレはそれを手に持って時間を確認した。
 21時45分・・間違いなくそれはくる。

 ♪ぷるる ぷるる ぷるる♪

 予想通りオレの電話は音を立てた。
 取り損ねたら色々大変なので家に帰って一番にすることは電話のマナーモードを解除すること。そして着信音量を最大にすること。その電話は本当に取り損ねたら色々大変な電話なんだ。

 ディスプレイに表示された文字は『阿部くん』

 通話開始ボタンをゆっくり押した。

「もしもし 阿部くん?」
「三橋?もう風呂上がったか?」
「う うん 今日は仕事早くてお風呂はいったよー」
「そっか。そりゃよかった。で・・」
「髪も乾かしてるし、あったかくしてるからだいじょぶ」
「そっか。そりゃよかった。で・・」
「で・・阿部くん・・今日はどうしたんですかー?」

 そう。阿部くんの本題がここから始まる。

「あーそのな・・今日はたいしたこじゃねーんだけど」

 阿部くんのたいしたことないは、実は本当にたいしたことない。
本当ならここは結構たいしたことある・・と言いたいところだけど本当にたいしたことないんだ。

「どうしたの?」
「風呂に湯が入ってねーんだ」

 やっぱり。たいしたことなかった。
こないだは、なんだっけ?掃除機のゴミが溜まったけどどうするんだ?だっけ?
その前は、出張のホテルで日本シリーズのこと考えながらビールを買いに外にでたら部屋に鍵忘れてたんだっけ?その前は洗濯機がピーピーうるさくて動かなくなったって思ったら蓋が閉まってないとかだっけ?仕事の話しだったこともある。電話を取った時名前を聞き間違えて先輩に怒られたとかだっけ?なんかそんな色々だ。
でもきっとそれは本当にたいしたことないことなんだ。
 本当の本当に阿部くんにとってもオレにとってもその内容はたいしたことない。

「お湯が入ってないの?」

 それでもオレは阿部くんの話を遮らないで最後まで聞いてあげるんだ。

「今日はすっげー疲れたからシャワーだけじゃなくて久々に湯を張ろうとして蓋閉めて湯張りしたんだ・・」
「うん」
「で、入ろうと見に行ったら」
「うん」
「風呂の蓋は閉めてたんだけど、栓を閉めてなかったみてぇ」

内心わかっていたオチを阿部くんは俺に恥ずかしげもなく堂々と聞かせる。
「空焚きとかじゃないの?」
「カラダキって?」
「お湯溜めるやつ?沸かすんじゃないの?」
「あー勝手に溜まるやつ。」

 阿部くんのお父さんの会社って確か水道とかの工事してるんじゃなかったっけ?そんなことも知らないの?と、心の中でクスリと笑った。

「大変だったね・・それからお湯溜めたの?」
「もう結局シャワーにした。面倒くせぇしな」
そして、ここから又お決まりの言葉が続くのをオレは知っている。
「三橋。お前も気をつけろよ」

 キターいつもの阿部くんだ。

「お前のことだから裸になって風呂入ったら湯が溜まってねぇーとかありうるだろ?で、風邪ひいちまったら大変だからな」

 そうか、阿部くん裸になってお風呂入って溜まってないの気がついたのか・・想像だけで笑えちゃう。

「うん。オレ気をつけるよ。ありがとう阿部くん」
「ちょうど寒くなってるし・・まぁ俺等社会人一年目だしお互い身体気をつけねーと」
「うん。オレ気をつける。いつもありがとう阿部くん」
「まぁもう投手じゃねぇお前に俺もイチイチ口うるせぇーかもしれねぇーけどやっぱ気になるし・・な」
「うん。オレ嬉しいよ。」
「くしゅん」
受話器越しに小さくくしゃみの音がした。
「阿部くん?阿部くんこそ風邪引いてない?大丈夫?」
「大丈夫・・くしゅ」
「疲れてたんだよね?お風呂ゆっくり入りたかったぐらい・・大丈夫?」
「寝りゃ治るだろ。お前が風邪引いてなきゃ俺は別にいいって。じゃ、又な」
「う うん わかった。あの あのね阿部くん あのね」

 オレは実はいつも待っていた。阿部くんがこうやって自分の失敗をオレに話す本当の理由とか、オレを心配する理由とかいつ告げてくれるかオレは待っているのに、なかなか阿部くんは言ってくれない。この電話の意味・・オレが勘違いしてるのかな?

「阿部くん お見舞い行こうか?オレお粥とか作れる よ?」

 ちょっとだけ痺れを切らしてしまった。これぐらいなら友達の範囲内だと思ったからオレはほんのちょっと勇気を出してみた。本当は待っていたかったんだ。阿部くんが何か言ってくれるのを、でも随分待つけど阿部くんは何も言ってくれない。
「行こうか?阿部くん・・」

 でもここがオレの限界だ。あとは阿部くんに何とかしてほしかった。

 だって、この失敗談の電話って社会人になって7カ月・・ほぼ毎日続いてるんだから。
 7か月も毎日失敗する阿部くんなんて阿部くんじゃないし、それをオレに聞かせるのもおかしいでしょ?もうそろそろ阿部くんの本音を聞かせて?それとも本当にオレにそんな失敗ばかりする阿部くんの話を聞かせたいだけなの?

「三橋・・」
「阿部くん?大丈夫?」
「俺・・全然大丈夫じゃねーよな?」

 初めて聞く、阿部くんの弱気な声。本当に大丈夫じゃなさそうな弱気な声だ。
いつも失敗を聞かせてくれる阿部くんの声はすごく強いのに、今の阿部くんはなんだか子供のようだ。
「オレが全然ダメだから阿部くんいつもオレに電話くれるだろ?阿部くんは大丈夫じゃなかったのにオレ気がつかなくってごめんね」
「ちげーよ そうじゃなくってさ」
「阿部くん?」
「だから その 三橋」

 言わないよ。
 オレからは絶対言わないんだ。阿部くんがオレに電話をしてくれる理由はすっごい大事なこと言うためでしょ?たいしたことあるはずなんだ。この電話の意味って。だから、ちゃんとちゃんと言って欲しいよ。

「阿部くん?」
「俺・・実は全然ダメだろ?家事とかさ失敗多いしさ」
「そんなことないよ」
「あーじゃなくって・・だからわかんねぇ?つーか俺が電話してくんの迷惑?」
「迷惑じゃないよ。オレ嬉しいよ。ありがとうって本当に思うよ」
「だったら・・」
「だったら?」
「もう失敗とか毎日電話すんの面倒だからさ」
「面倒?面倒なの?阿部くん・・」
 面倒と言われて一瞬で目の前が暗くなった。阿部くん面倒なのに毎日オレ・・

「じゃなくて だから 三橋 顔見て話したくて。
本当はお前に毎日逢って話してぇーんだ。
逢いたくて逢いたくて、声聞きたくて・・おまえのことも心配だし、俺が何よりお前に逢いてぇ・・んだっ」
 オレは間髪入れず応えてしまった。
「オレもだよ 阿部くん」
 阿部くんは十分頑張ってくれたと思うんだ。きっと、これ以上のことを電話で聞きだすのは難しそうだからオレは最後に言葉を添えた。

「だから今からそっち行ってもいいですか?」
 
 オレの心臓はドキドキして壊れそうだった。

「俺が行く・・そんで今夜帰らないから覚悟しとけよ」

 電話がプツリと切れた。

 今夜オレの長い片想いがようやく幕を閉じるはずだ。
 オレはドアが開くまでの時間どうやって『覚悟』しようかと壊れそうな心臓をギュッと押さえながら布団を被ってベッドの中で阿部くんを待つ。
 両想いの扉をようやく開いてくれる阿部くんを緩んだ頬で迎える瞬間を待つ。
 
 そうだ!まずはあったかいお風呂に入れてあげようと、オレが湯張りを始めた。どんどん溜まる熱いお湯と真っ白な湯気の中、顔を真っ赤にしながらオレは阿部くんがくるのをやっぱりただひたすら待つのだった。

おわり


きっといきなり同棲すると思います。
そして今日の阿部の失敗は今日の私の失敗です。

2013/10/26





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