作文〜3〜

□月に祈る
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月に祈る

 ミシリミシリと床を踏みしめる音がする。
誰も起こさぬようにと静かに静かに・・と、気を使っている気配が布団の中の俺にビシビシ伝わる。
その気配は襖にたどり着いて一つ息を吐いた。それから、再び静かに静かにゆっくりと襖を開け、ペタペタと廊下を歩く気配へ変わった。

 足音が随分遠くへ消えた頃、俺は布団から身体を起こす。
誰が起きようとかまやしない。こいつら熟睡で爆睡なんだとあたりを見渡しながらも、寝てる皆の頭や足ぐらいは踏まないように気をつけて三橋を追いかけた。

 トイレを一応覗いてみたが誰もいなかった。
風がひんやりと冷たくて、俺はペラリとした長袖の上にもう一枚ジャージぐらい羽織ってくればよかったと後悔した。上着を取りに戻ろうかと思ったその時、シュっと風を切るような音が聞こえた。
 音の主に気がつかれないように俺はそっと近づく。

シュっ シュっ

 半袖に裸足の三橋の姿を見つけて俺はチッと思わず舌を打つ。

シュっ シュっ

 真夜中の学校の廊下なんて薄気味悪いだけだ。
そこに三橋はいる。怖いぐらいつり上がった目の中には炎が上がっているのではないかと思うぐらい燃えて光っていた。月灯りがそんな三橋を照らし出す。それは昼間の三橋とはまるで違う人物のように不気味で恐ろしく青白かった。

 手に巻き付けたタオルが空を切って音を出す。

 うっすらと額に汗が見えた。こんな時期にそんな薄着でしかも裸足で何やってんだ三橋!勝手に練習やってんじゃねーよ!と、さっきから怒りで頭は沸騰しているはずなのに駆け寄ることができない。

 三橋は投げている。三橋はそこで確かに投げていた。

シュっ シュっ

 どのぐらいその姿を見ていただろうか?三橋のTシャツが汗でしっとりと濡れていることに気付いた俺の頭がようやく冷静に動き出した。いい加減止めようと一歩踏み出そうとした。

シュっ シュっ 
「っし!」

 三橋が小さくガッツポーズして俺を見た。

 違う。正確に言うと俺じゃなくて、18.44m先に座っている俺を見て笑った。
 頭がクラクラした。最後のボールは俺のミットにズシンと届いた。マウンドにいたら俺は『ナイピ!』と声をかけるだろうか?いや、声をかけずに三橋に笑い返すだろう。さすが俺の投手だって・・
 
 頭がクラクラした。
 待て・・今、三橋の前に座っていたのは間違いなく俺だよな?

 俺は踏み出すことを躊躇い、三橋を目で追う。

 ゆっくりと手に巻き付けたタオルをほどきながら、満足そうに三橋は笑っていた。
そのまま三橋はフラフラと共同の水飲み場を目指してゆっくり歩き出した。

 俺は後を追うことをしなかった。後は追わなかったけど、今一番行きたい場所へゆっくりと足を動かした。
そしてそこへ腰を下ろした。
座りこんで、左手をゆっくりと構えて正面を見つめた。
パシンと音がなるように左で構えた右手に拳をぶつける。

 そこにいる。いないのに三橋がそこにいた。誰もいない暗い廊下の18.44m先に確かに三橋がいる。あの強いまなざしで俺を射るように見て、そして俺のミットに向かってあいつは1球1球真剣に投げる。それはどの球も三橋の気持ちと練習の成果がずっしりと詰まった重いボールだ。

 俺は再び三橋を見る。笑った三橋がいた。ゲームセットの瞬間の真っ赤な顔の三橋がいた。三橋がいる。三橋がいる。

 俺の前には三橋がいる。だったら三橋の前にいたのは俺か?

 立ち上がってグンと背伸びをした。
 タオルで顔を拭きながらとぼけた三橋がやってきた。

「阿部くん?」
「眠れねぇの?」
俺は今見たことを三橋に告げなかった。
ふるふると首を振る三橋は、もうさっきまでの三橋とは違った。
「汗かいてんな?変な夢見たか?」
「あ・・えっと・・お布団たくさんで オレ あつく って その」
「着替え持ってるよな?だったら着替えて寝ろよ?もう遅いし明日も練習めいっぱいだぞ?」
「うん うん」
「それから便所だろうが半袖に裸足ってもう夏じゃねーんだ。薄着すんな。あと廊下歩く時はスリッパか靴下ちゃんと履けよ。あぶねーだろ?」
「う うん わかった・・あの 阿部くんも 眠れないのか?」
不安そうにキョドる三橋の頭を思わずクシャリと撫でた。そんな行動を取った自分に驚いたけどどうしても今三橋のどこかに触れておきたくて・・その衝動に俺は素直に従った。

「なぁお前のイメトレの中の捕手ってさ・・」

何を聞こうとしてるんだ。でも、さっきお前は確かに俺に投げてたよな?俺に投げてただろ?

「え?なに?」

 その三橋の顔が、なんだか急に投手の顔に戻っていたから俺は怖くなってその続きを言えなくて三橋の頭をこつんと軽く叩いた。
「なんでもねーよ。早く寝ろ。俺は便所」
「うん。おやすみ なさい」
「おう」
パタパタと走る音を背中に聞きながら俺は窓の外の月灯りを眺めた。
そして、もう一度あの場所に座って目を閉じた。
目を閉じて・・ゆっくり開いたその先に見えた投手はやはり

俺のただ一人の投手『三橋廉』だった。

 いつのまにこんなことになったんだろうなと考えながら俺はゆっくり立ち上がる。
 俺のイメージする投手は三橋で、俺が座って受けたいと思う投手は三橋廉しか思いつかない。

 三橋の先に座ってたのもやっぱり俺だといい・・イメージトレーニングであればなおさら俺であればいいんだ、なんて思ってても練習では絶対口には出していけないことをぼんやり考える。


シュっ シュっ・・シュっ シュっ・・

 三橋の前に 座っているのは 
 
 俺 阿部隆也

 三橋のただ一人の捕手

 そうであれと 俺は ただ 祈る

おわり

2013/10/21


時期は2年秋ぐらいでしょうか?秋合宿とか寒いけどあればいいなぁ・・



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