作文〜3〜

□新しい朝
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新しい朝

 生ぬるい風が頬にあたる。深夜、人気のない公園のベンチ。
 ふと、隣を見ると真っ赤な頬っぺの酒臭い三橋。
 酔って一人で歩けそうもない・・長年の片想いの相手が隣でくたばりつつも“ニパァ”と、時々変な顔して笑う。
 きっと、色んな意味で絶好のチャンス。しかしながら、酔ってる時点でアウトって言えばアウトかと想い人の七面相を見ながら俺はぐるぐると頭を悩ませていた。
 まさかこんなに酒に弱いとは思わなかった。

 肌寒くなったのか、人恋しくなったのか突然抱きつくように俺に身体を擦り寄せてきた。
 「具合わりぃの?水飲むか?」と声をかけると、「ふへへ」と、嬉しそうに笑う三橋に、呆れてため息を吐く。
 くったりと身体を預ける三橋の背中をゆっくり撫でる。
 さっきとは打って変わって涙目で俺を見つめながら「ゴメン ごごめん 阿部くん」と繰り返す。
 泣き上戸・笑い上戸・・どっちにしてもたちが悪い。

 やかましいメンバーたちを全員タクシーにぶっこんで、気がついたら三橋だけ残った。
 残った?残した?あれ?わざとか?

「三橋 家どこだっけ?」と、知ってるくせにあえて聞く。
「だい じょぶ だから しばらくしたら 一人で帰りますよー」
 フラリと傾いた身体を大げさに支えて、ふぅーと大きく息を吐いた。
 ビクッとあの頃のように身体が怯えてる。今のはため息じゃなくて、俺の騒ぐ鼓動を押さえるために息を吐いただけなのに、三橋にそれがわかるはずはない。

「いいって。気にすんな。久しぶりだったし、皆楽しそうだったじゃん。でも、三橋酒よえーな?」
 ニヤリと笑ってやれば、キョドリながらもチラリと俺の方を向く。
 支えた手に力が籠る。火照った身体がさらにアツく滾りだす。
「オレ あんまり飲めない けど けどね。 今日は皆と オレ 飲みたくって・・」
 上目遣い・潤む瞳・頬も首も耳も赤く染まり、少し濡れた唇。その顔がずるい。あの頃より大人になったお前は、あの頃よりもなんかずるくて可愛いくて、久しぶりに逢ったのに『ずっと好き』だったあの頃より『もっと好き』になっている気がする。

「おまえ彼女いんの?」

 自分でも唐突な質問に驚いた。何か喋ってないと心臓の音が聞こえそうだったから、でもその何かがこんな質問になるなんて思ってなかった。
「ふぇ?」
 髪が、三橋の髪が俺の顎を掠めた。その茶色のふわりとした髪にどうしても触れたくて空いてる方の手でゆっくりと梳いてみた。
 三橋は黙って俺にされるがままだった。髪を梳かれて、気持よくなったのかコトリと身体ごと俺の胸に預けてきた。

 勘違いするな!自惚れるな!と、自分に言い聞かせる。相手は酔っ払いだ。
 
 その酔っ払い相手に俺は何してんだ?

 三橋の身体の重みを片手と半分腰を落としながらしっかり支える。腰と足だけは強くてよかったな・・なんてどうでもいいことを考えながら甘えるような三橋の髪に触れたままさっきの質問を繰り返してみた。

「おまえ 彼女いんの?」
突然で唐突ではあるけど、飲みの席では(ここはもう違うけど)よくある話だと、自分を納得させる。

「阿部くん も 酔っ   てんの?」

 籠った声、三橋の吐く熱い息が首筋を掠めた。身体も髪も預けたまま、預かったままで俺たちは会話を続けた。

「酔ってる。俺も三橋も酔ってんじゃね?」

 嘘を吐いた。
 俺の悪い癖がでた。逃げ道を用意する。俺の狡猾さは相変わらずで、心の中で深いため息を吐く。

「阿部くんは酔ってるから オレに変なこと聞くのか?」

 気がついたら三橋の身体が急に浮いて、俺の首に両手がかかっていた。
もちろんそこには全然力は入ってないけど、間違いなく首を絞められている。ただそれよりも真正面に、こんなに近くに三橋の顔があることにドキリと衝撃を受けた。
当然、首を絞められているから視線を逸らせなくて、俺たちは変な態勢で見つめ合っていた。

「オレになんて興味ないくせ に ずっと連絡とかくれないくせに・・」

 少しずつ首が締まっているような気がしたが、ぼろぼろと大粒の涙が止まらない三橋の顔を見てたら、なんかきっと首を絞められても当然のなんじゃねーのかな?と、思ったりもしたが、ちょっと待て!今、なんかすごいチャンスというか、俺はやらなきゃいけないことがあるんじゃねーのか?と気が付き慌てて三橋の両手を掴んだ。
 三橋は酔っているけど、酔っているけど嘘は吐いちゃダメだ。

「わりぃ 酔ってねぇー!
 三橋は酔ってるだろ?だから、お互い素面の時にちゃんと言うから。お前のこと興味ある。あって、ありすぎて、怖くなって、逃げ出して、連絡できなかった。
今も酔った振りして色々聞いたり、言ったりちっとずりぃこと考えた。
でも、本当は酔ってない。だけど、ちゃんと、お互い酔ってないとこで話ししてぇから・・
だからさ。だから・・酔ったお前をちゃんと送りたい。家まで送り届けたい。
そっから、次の約束してぇ。俺の言ってる意味わかるか?三橋・・」

 キュッと強く抱きしめた。三橋は何度も頷いた。
 やっぱり、俺も少しは酔ってんのか?酔っているとしたら、酒じゃなくて三橋にだ。
 
「住所・・大学ン時住んでたとこと変わってねんだろ?ちゃんと送るからさ」
 
 俺が三橋の住所を告げると、三橋はびっくりした顔を見せた。
 そう言えばさっきは「家どこ?」とか、聞いたな。
 それを覚えている三橋は本当に酔ってんのか?と、頭をかすめたその時、三橋の囁くような小さな声がある場所を告げた。

「・・・・・・・・・・・・」
 
「え?」と、一瞬躊躇って聞き返しても三橋は同じ場所を告げる。
 
俺は三橋を落さないようにゆっくりと立たせたて、肩を抱いて歩き出した。
それから片手をあげてタクシーを止めて行き先を告げた。
 「三橋 酒飲むの俺の前だけにしてな?酔い覚めたらさっきの続きちゃんと言うからな」

 埋もれたシートの中で、しっかりと三橋の手を俺は握った。
 
 告げられた行き先は三橋が望む場所。
 三橋が囁いた場所は俺が今住んでる場所。
 そこに引っ越したのは今年の春の話し。

 俺も三橋もお互いの場所をお互いが知らないうちに把握している。知ってるくせに動けなかった俺と三橋。
 見慣れた景色にタクシーが停車した。握りしめた手のままゆっくりと二人でその場所におりる。
 学生だったら2学期が始まる今日。二人にとっては卒業して5年の月日が流れて、二人だけの新学期の朝が・・ようやくはじまろうとしていた。長い長い夏休みがようやく終わった。


おしまい

13/9/3

ヘタレ阿部にしては頑張ったはず・・



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