作文〜3〜

□一人じゃない
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一人じゃない

 灼熱の光を体いっぱいに浴びながら、オレはマウンドに立つ。
 楽器の音、応援席の声、流れる汗、空気が揺れる、ゆらりと揺れる。
 頭の中はすっかり空っぽ。空っぽの頭くせに、その指の動きだけはオレの目に映ってすぐ首が動く。
 その指は18.44m先にあった。
 どっしり座る目の前の彼の指にオレは縦にも横にも自由に即決で首を振る。
 その指は、かつてはオレを支配した指。そして、オレが崇拝した指。
 でも、今は違う。
 その指は、縦に首を振るオレにとっては余裕と信頼を与えてくれる指で、横に首を振るオレには躊躇わない次の新しい指示と自信をくれる。そして、ドンと背中を押してくれる。
 何も考えてないわけじゃなくて、空っぽの頭のままでも彼が送るサインが届くと勝手に体が動き出す。力が湧いてきて、バッターボックスの敵でも、ランナーでもどんどんと倒していけるんだ。
 自分だけの力じゃなくて、彼とオレの後ろで守ってくれる仲間達のおかげで三つのアウトを取っていく。大胆にとる時もあれば、一つずつ丁寧に慎重にとる時もある。
 オレは戦っている。たくさんの仲間と一緒に戦っている。それは、オレが唯一試合中に向かい合う阿部くんと、オレの背後の皆と、ベンチにいる仲間と、応援席にいるたくさんの味方たち。そんなたくさんの仲間とオレは戦っているんだ。

 あと、1回。あと、3人。
 このゲームが終わったら、オレは一人に戻るのか?
 空っぽの頭の中に不意に過った暗い感情。
 サインも出ていないのに、オレは小さく横に首を振った。
 試合中なのに、最後の最後の守りの回になるはずなのに、空っぽの頭の中に一度過ったイヤな思いがどんどん支配しはじめる。
 
 一人に戻るのか?オレは・・

 突然、阿部くんがタイムを要求してオレの元へ駆けてきた。
 額を流れる汗が気持ち悪い。
どうしよう。どうしよう。ぼんやりしてたオレ。変なこと考えてるってばれてる。
どうしよう。阿部くんに怒られる。試合中に何考えてるんだって怒られる。あと1回で終わるのに・・どうしよう。
 マウンドに逃げるところはないって、いつか言われた言葉を思い出したけど、逃げてるんじゃなくて、この試合が終わった後のことを考えてて落ち込んでるだけなんて言ったら、阿部くんはどんな顔をするだろう?やっぱり怒られちゃう。

 阿部くんは黙ってオレの前に立った。いつものように『手ぇ貸せ』って言われちゃうかな?
 
 風が少し吹いて、阿部くんは黙ったままニコリと笑った。
 キャッチャーマスクを外した阿部くんの髪がぺたりとおでこにくっついてる。

「この試合終わったらどっか遊びに行こうぜ?」
「へ?」
怒られると思っていたのに、怒鳴られると思っていたのに突然阿部くんは変なことを言いだした。
 呆然としていたら、阿部くんはがっしりとオレの肩を組んでまるで何か作戦を立ているバッテリーのようにひそひそと小声で話し始めた。
「海でもいいし。そうだ。おまえスカイツリーってみた?」
 ぷるぷると首を振ると、阿部くんはいたずらっ子のようにニヤリと口の端を上げて笑った。
 きっと、敵陣営がその顔を見たら何か企んでると思われちゃう。そんな顔。

「うしっ じゃ、スカイツリーな!だから、あと3人。頼むぜ三橋!」
「う うん。オレ スカイツリー 行きたいっ」
「だろ?俺もだ。勝とうな」
「勝つ 勝ちたいんだ。あと3人」
「で、勝ったら約束な?」
「スカイツリー!」
「うしっ もう大丈夫だな?おめぇ一人で戦ってないからな。俺ら皆ついてんぞ」

 ドキンと心臓が音を立てた。阿部くんには全て見破られているの?でも、嬉しい。
オレが今、一番欲しかった言葉をくれる。

「阿部くん ありがとうっ そいで」
「うん?」
「オレ 試合終わっても 一人じゃない?」
「はぁ?あったりめぇだろ?お前は一人じゃない。だから約束だろ?」
「うんっ」
「頼んだぜ!三橋!優勝旗持ってみんなで地元帰ろうぜ」

 阿部くんはキャッチャーマスクを被り直しながら、自分のいるべき場所に戻っていった。

 オレの頭は再び空っぽに戻った。そして、グッとボールを強く握りなおす。

 あと3つのアウトを取ろう。そして、仲間達と一緒にこのゲームの勝ってやる!

―オレは一人じゃない!そうこのゲームが終わってもオレは一人じゃない―

 目の前の彼の指の動きに、オレは大きく頷く。

 試合終了のサイレンとともに、最後の夏が終わった。

 もう二度とこの仲間達と立つことが出来ないこの場所に、こんなに長い時間を過ごすことが出来た幸せの余韻を体いっぱいに感じながら、首にぶら下がった全員お揃いのメダルの重さに自然と涙が溢れてくる。

「一人じゃねぇーだろ?」と、阿部くんの声がした。
ふと隣を見ると、阿部くんはびっくりするぐらいぐちゃぐちゃで真っ赤な顔をして泣いていた。
「阿部くん?」
「こっち見んなよ」と、掠れた声で言われても一度見てしまったらもう目が離せない。
「勝ったね」
「こっち見んなって。なぁマウンドでした約束ってあれさ・・」
「スカイツリー?」
「そ。忘れんなよ?」
「忘れてない よ。オレ 一人じゃない ってわかって あれ嬉しかった」
「だから見んなってば」
 照れ臭そうに泣き笑う阿部くんの顔と、雲ひとつない青い空を交互に見て、オレはもう一度心のなかで『ありがとう』と呟いた。


 阿部くんにオレは本当に感謝してる。ありがとう阿部くん。
 あの場所で、あの時、オレの不安を感じとってくれて、かけてくれた言葉が本当にオレに力をくれて集中力を取り戻してくれた。ありがとう阿部くん。
 本当に、オレは一人じゃないんだ。

 オレたちの3年間の夏は激しく熱く幕を閉じた。
 一人だった3年前のオレはもういない。たくさんの仲間と戦った。敗れた日・引き分けた日・そして勝ち続けた今年の夏。
戦いは終わって得たものは、光るメダルとたくさんの仲間達。
 そして、新しい季節と新しい目標にオレたちは再びもがき・苦しみながら挑戦し続けよう。
 戦いは始まる。
 それでも、オレは “一人じゃない!”
         
           おしまい


 あ!

 あの日の約束は、夏休みの間に決行された。
 待ち合わせ場所に到着して、オレは初めて知った。
 待ち合わせの時間に到着したのは、阿部くんただ一人。
 「行こうぜ」と、言われて何度も後ろを振り返ったけど誰もついてくる気配はなかった。
 そして、本当の本当の本当に阿部くんがあの日言った『一人じゃない』って意味がわかったのはこの日の帰り道。
 オレが思っているのとは別の意味だってこともたくさん説明してもらった。
 そう・・それはまた別のお話し


 本当におしまい

※大好きな『RPG』にのせて・・
2013/7/4



書きたいことがうまくまとまらないのに、
どうしても書きたくてたまらない・・
3年の夏のお話し・・もっと勉強しますっっ




♪拍手有難うございます♪♪ご感想頂けますと泣いて喜びます
 

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