お題
□「本当にそう思った?」
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不安で不安で仕方ない
君と僕とではあまりにも違うから…
分かってるつもりでも
誰かに言われると途端に不安の色が強くなるんだ
【本当にそう思った?】
「あんたみたいな変態が犬飼キュンの周りウロウロしてると目障りなの!!」
犬飼キュンを地獄の底までおっかけ隊の面々が睨み付ける相手は猿野天国。
いつもは女の子の集団とみれば見境なく突っ込む猿野だが、さすがに今回は彼女等の迫力に押されてか俯いている。
「犬飼キュンも迷惑してるの!分かんないの!?」
言い返す事は出来ず、拳を握り締めてじっと耐える。
「分かったらもう必要以上に犬飼キュンに近付かないで」
返事をしない猿野に満足したのか彼女達は口々に文句を言いながら去って行った。
猿野と犬飼はいわゆる恋人同士である。
しかし、それは野球部内にのみ知られていて、事実を知らない生徒からしてみれば"喧嘩しながらもなぜか一緒にいる二人"なのだ。
そして、犬飼至上主義であるおっかけ隊にはその姿が"格好良い犬飼キュンに付きまとう変態猿野"と映ってしまった。
その結果、猿野に釘をさすという行動を起こしたのだ。
それから数日、猿野は誰にも理由を告げず犬飼を避け続けている。
元気がないのも一目瞭然、見兼ねた沢松がわけを尋ねる。
「どうしたよ?天国」
その目は真剣そのもので、猿野は暫しの沈黙を挟んで話しだす。
「俺が…目障りだって、犬飼も迷惑してるって…」
予想していなかった言葉に沢松は眉を寄せて怪訝な表情になる。
「んな事誰が言ったんだ?」
二人の関係を知っている沢松には犬飼や他の野球部の奴等がそんな事を言うとは到底思えなかった。
「…あいつのファンの女の子達」
おっかけ隊の姿を思い浮かべて、あぁと納得。そして今度は呆れ顔。
「で?どう思ったわけ?」
「は?どうって…?」
「本当にそう思った?お前は犬飼と一緒にいて、奴がお前を迷惑がってるって、本気で思ったわけ?」
「そ、れは…」
言葉に詰まる。一緒に過ごした時間がそれを否定する。
しかし。
「俺、こんなだし…」
"犬飼には釣り合わない"
「はぁ…。しっかりしろ猿野天国!!俺の知ってるお前は他人に言われた言葉に惑わされるような奴じゃねぇ!俺の鬼ダチはなぁ…そんないいかげんな気持ちで恋愛してねぇよ!」
沢松の言葉に猿野はハッと顔を上げる。
「行ってこい天国」
「さ、サンキュ!沢松!!」
「…ったく、女好きの自信家が一人の男のために、んな不安になんだからな…」
駆けて行った幼馴染の背を見送り、沢松は呆れたような、それでいて嬉しそうに呟いた。
きっと幼馴染の恋人は、彼の不安を甘く溶かしてくれるだろうと、確信に似た思いを抱きながら。
恋する相手に熱狂的なファンがいるが故の苦心を持つ純情少年の話。
【本当にそう思った?-終-】