シリーズ
□噂のあいつ
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【噂のあいつ】
俺が教師になって初めての学校は十二支高校という共学の、どこにでもあるような学校だった。
そして、俺と時を同じくしてこの高校に足を踏み入れた一年生の中にすんげぇ顔の良い男子生徒がいるとかで、入学式の頃から大騒ぎされている。
そいつの名は犬飼冥。
何でも、昔の栄光を取り戻すべく立ち上がった羊谷遊人監督の、凄まじい入部試験を見事に合格した野球部員のうちの一人だとか。
今年の野球部は何かが変わる。
そう噂されている野球部で、時にはエースという大役を背負ってマウンドに立ち、その長身から繰り出される白球のスピードは息を呑む程。
俺が周りの生徒、特に女子から聞かされた犬飼キュンとやらは相当凄い奴らしい。
色んな意味で。
だが、俺はそんな犬飼にさほど興味を持っていないし、ましてやどうしても見たいと思うわけもなく、今日までその勇姿を拝むこともなく教師生活をそれなりに楽しんできたわけである。
俺もさっさと帰ろ
「ん?」
あれは…凪先生!
「凪先生!」
「あ、猿野先生」
走ってきた俺に笑顔で振り向いてくれる凪先生。
一日の疲れも吹っ飛ぶってもんだ。
「どうしたんですか?バッドにボール、こんなに大量に」
凪先生は野球部の副顧問だ。
そんな彼女がなぜカートに乗せてるっつっても一人でこんな大荷物を運んでるんだ?
「手伝います」
「あ、いえ!大丈夫ですよ」
「駄目です!これでも力仕事は得意なんで」
凪さんの為ならこんぐらい軽い軽い。
「ありがとうございます」
ニコッと笑った凪さん…
かんわいい〜なぁ…!
「それにしても、こういう道具って普通グラウンド近くに置いてあるんじゃないんですか?」
グラウンドから遠いこんな所に置いてあんのか?
「いつもはそうですよ。でも、昨日はサッカー部が練習試合で野球部はグラウンドが使えなかったんです。それで市営の球場を借りて…だから、これは昨日車に乗せてあった荷物なんです」
あぁ確か昨日サッカー部の顧問がそんな事を言ってたような…
「あ、じゃあここに」
グラウンドに着いて凪先生はホームベースの側を指差した。
「了解です。なっつかしいなぁ〜…」
辺りを見回す。
すっげー数…。これが厳しい試験に受かって入部できた部員。
「野球…してらしたんですか?」
「はい。…っつっても、甲子園なんて夢のまた夢レベルの高校でしたけど」
苦笑を漏らすと凪先生は軽く微笑む。
「あ、一回打ってみますか?」
「あ!猿野先生じゃなかと?」
「お〜本当Da」
凪先生の声を遮るように言ってきたのは猪里に虎鉄。
俺が授業もってるクラスの奴等だ。
俺と凪先生の時間を邪魔しやがって。
「お前達野球部だったのか」
「猿野先生は何しにきたんDa?」
「手伝って頂いたんです。」
凪先生が俺を弁護するように言ってくれた。
「それで、野球をなさっていたようなので一度打ってみるか聞いていたんです」
「打ってみたら良いじゃねぇKa!」
「あ!子津!!」
凪先生の言葉に同意する虎鉄に、丁度こちらの様子を伺っていた生徒を呼ぶ猪里。
「先生に一球投げてくんねぇKa?」
尋ねる虎鉄に子津と呼ばれた生徒は驚いた様子で凪先生の顔を伺う。
「あ、こっちこっち」
先生を指差すな猪里。
「え?え〜と…」
戸惑っている。
そりゃそうだ。同じ学校でも初めて喋るしな…
つか、俺打つとか言ってねんだけども。