スターセイバーズ〜虹杖の記憶〜

□第陸章
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「お、遅れるぅ〜〜〜〜!」

 朝。雲一つない、いつもと同じ快晴と言える天気。街の静かな人通りの少ない場所で、一人ツインテールの黒髪を揺らして叫びながら走る少女がいた。

「勇(いさむ)ったらちょっとは時間のこと教えてくれたっていいじゃないのよぉーーー!!」

 一人そう呟き愚痴る。彼女―――未来(みらい)は、勇に起こされたにも関わらず二度寝をし、出発して遅刻するかしないかの時間に寮を出てしまったのだ。朝ご飯は幸いにも弟である勇が作ってくれたらしくその辺の時間短縮は可能だったが、もしご飯がなければ焼いたトーストに軽くマーガリンを塗ったそれを口にくわえながら走る図になっていたのは間違いないだろう。そんなはしたない姿を見せたくないと思った弟の気遣いを本来なら感謝すべきところだが、無論そんな気遣いができるほどの余裕は彼女にあるわけがない。

「はぁ………疲れた……」

 しかし、延々と走り続けられるわけではない。走れば走るほど疲れるので、未来は限界がきたと悟ると足を止め、一軒家の並ぶ道路の端にある壁へ体を少し預けた。走った分学園へ到着した時に遅刻確定という最悪なパターンはなくなった。が、ここで油断ができないのもまた事実である。寮はそれほど遠くない上徒歩で行ける範囲、そして未来の走るスピードも決して遅くはない。だが学園は一軒家などが建ち並ぶ町を隔てた先にあり、渡るための横断歩道を通ってだいたいの生徒は登校している。加えて横断歩道が赤信号なら、次青に変わるのがいつになるのかと思うほど長く待たなくてはならない。というのも、学園前の通りは通勤ラッシュの時間になると両方の車線共に一つなのにも関わらず、渋滞しない程度にたくさん車が行き交うのだ。赤信号に引っかかってしまえば遅刻の可能性もじわりじわりと上がってくる。遅刻しないためには、急ぐ必要がある時間ではあるのだ。

「とりあえず急ご……」

 心拍数が落ち着いたところでまた駆け出す。住宅街はあまり車が通らないため、少し周囲を注意すれば車が来ても道路の端から端に移動できるようなところなので、若干寝ぼけた頭でもなんとかなると未来は思っていた。

(次の角を曲がれば大通りに出て学園校門の入り口付近の横断歩道に出る……!)

 そう未来は思いながら走る。一応住宅街のどこからでも学園につながる車の通りに出ることはできるが、人通りや車の多さなどを考慮し、比較的安全なルートを選択したいと彼女は思っていた。その結果選んだルートだが、その次曲がると決めた角を曲がった時―――。

「あいたっ!?」

 角でちょうど人とぶつかってしまったらしい。未来は反射的に声を上げて尻餅をついてしまった。

「あいたたたた……ご、ごめんなさ……」

 未来は咄嗟に謝ろうと顔を上げる―――が、そのぶつかった人の姿を見て彼女は唖然としてしまう―――否、この時はどういう表情をすればいいのだろうか。顔を見た瞬間、未来の顔は強張ってしまう。ぶつかった男は、尻餅をついていた未来を上からしばらく見下ろしていたかと思うと、すっといきなり胸倉を掴み上げ―――冷たく鋭い一言を発した。

「虹杖(レインボーロッド)はどこだ。渡せ」

 中華風の雰囲気を纏わせた男―――惺珽雷(しょうていらい)。まるで待ち構えていたかのようにいたのだ。フォーチューンと常に一緒にいるイメージがあっただけに、彼の唐突な強襲に、未来は為すすべなくただ彼が掴む手を両手で必死に離そうとすることくらいしかできない―――惺珽雷の力は強く、彼女の体は若干浮き気味に掴まされているため、余計に手を離す力が出てこない状態で、彼女はまともに声を発することもままならない。

「ゴホッ………」

 息苦しさゆえに咳が出るが、惺珽雷はそんな彼女のことなど知る由もないといった風にただ言葉を待っていた。しかし、ただ自分から離れようとするだけだと判断すると、彼の行動は彼女の反射的な対応よりも圧倒的な速さで未来を地面に投げ落とす。

「うっ……!」

 やっとのことで解放されても、その投げ落とされたショックで体の自由がうまくいかなくなっていた。かろうじて少し体を起こせても、彼の顔を見上げる程度しかできない。

「仕方あるまい」

 余計な言葉は発さないようにしているのか、惺珽雷はその場で右手を振りかざす。その手の上には波動弾のような球体の集まりが見えていた。ある程度集まると未来にぶつけるつもりなのだろう―――所謂衝撃波のようなもので、対象単体を吹っ飛ばす威力が普通にあり、マン人に当たるなどすれば即死級のものと推測できる。未来のような戦闘経験者ならばいくらか耐えることは可能だろうが、先手を打たれ体がうまく動かない今の彼女へ攻撃すれば、マン人同様倒れてしまうことは目に見えていた。

(だめ……! どうすれば……!)

 目を閉じ、ここまでなの? と自問する。抹殺絶対優先度Sランクの男なだけはあり、さすがにスターセイバーズという組織の一人でしかない彼女には、一人で敵う相手ではないことを改めて自覚した―――ものの、それで状況が変わるわけがない――――普通なら。

「……命拾いしたな、未来」

 しかし、ふと絶望を目の当たりにしていた未来に、惺珽雷はそう言い残すと攻撃をやめ、その場からふっと消え去ってしまった。状況が二転三転とし過ぎ、未来は一体何があったのかと思うほど呆然とその場に座り込んだままである。しかし、数分すると誰かが近づいてくる気配があった。意外なことに彼女の後ろから近づいてくるものの正体は、前日女子生徒に連れ去られるように退散していったナルシストさが特徴の男―――。惺珽雷はマン人の気配があったから逃げたのだろうか……? しかし、それにしては不自然な点が多すぎる。彼の不審な動きに疑問を抱えている間に、男がこちらへ近づいてきた。緑―――にしては少し黒ずんだ瞳が、座り込んだ彼女の姿を捉えると、走っているらしいその姿が更に加速してこちらへ近づいてくる。

「だ、だだだだだ、大丈夫未来ちゃん!?」

 未来の姿を見て、彼は慌てて近寄った。意外にも名前まで知っているようで、彼女の名前を気安く呼びつつも本気で心配しているらしい。

「え? あ、あぁうん……だ、大丈夫……」

 何があったのか痕跡が一切残っていないその状況を即座に飲み込み、その上未来の心配ができる彼は一体何なのかと思う彼女を尻目に、彼は手を差し伸べた。

「立てる?」

「うん」

 学園で見たあのナルシストさとは何なんだろうと思うほどごく普通の男子生徒に見える。あのナルシストささえ見なければ、普通に女子から人気をもらえそうな雰囲気を醸し出しているのが、なんとなく未来は分かってしまった。とりあえず手を差し伸べてくれた手を使わず未来は自分で立ち上がり、それを見てガクッと肩を落とす彼を見ながら、ふと疑問が頭の中に浮かぶ。

「ところで、どうしてあなたこんなところに?」

「えっ!? え、えっとねぇ……」

 そう、思い返せば今未来は学園での遅刻を免れようとして走っていた最中。人通りも少ないこの場所で、偶然にしては不思議なほどの出会い方だ。

「い、いやぁ僕も遅刻気味だったものでねぇ〜久々に走って通学中だったんだよ〜あはは!」

 しかし、理由を聞き出すと口調が若干ナルシスト気味になる。本当かどうか怪しいと睨みたくなる返事だが、未来はとりあえず彼の言葉を信じることにした。

「そ、そうだったんですね……」

「普通にタメ口調でいいのにぃ〜。あ、僕は木下奇羅(きのしたきら)って言うんだ。よろしくね?」

 引き気味な未来のことなど気にも留めていないのか、奇羅と名乗った男は気軽に自己紹介する。

「僕は一番に君に会いたかったんだ、未来ちゃん。君といろいろお話したくて。でも、なかなか機会が訪れなくて……って、いけないいけない、遅刻しちゃうから一緒に走ろっか!」

「は……はぁ……」

 未来は自分より少し背の高い奇羅を見る。何か裏がありそうだなぁと怪しげな雰囲気を出す彼のにこやかな笑顔がなんとなく怖い。とりあえず遅刻しそうなのは間違いないので、有無を言わず一緒に走り出す。横断歩道に無事辿り着き、まだ時計はチャイムが鳴るか鳴らないかギリギリの時間を差していた。横断歩道は赤信号だったが、もうすぐ青信号に切り替わろうとしているところだったので、無事に間に合いそうである。

「ね、未来ちゃん。僕君のこと、もっといろいろ知りたいな」

 奇羅はまるで告白するように―――口説き文句のように未来の横顔を微笑みながら呟く。車が一台通り過ぎると横断歩道の信号が青に変わり、未来は何とも言えないゾクゾクした雰囲気を振り払いたいと思うように、言葉は返さずその場から走り出した。彼とは別クラスなので最後まで一緒という必要はない―――とりあえずなんとか未来は離れたほうがいいような気がしてならないと、それだけしか今は考えられなかった。

「……はぁ、まだまだかなぁ〜」

 初めてこうして接触できただけでもいいか、と納得させるように、奇羅は一人取り残されながらもその場でやれやれとポーズをとる。せっかく変わった青信号が再び赤になる前に、彼もまた学園内へと歩いていった。





「げ、そんなことあったわけ!?」

 ホームルームが終わって一時間目が始まる前の休憩時間。美央は遅刻をなんとか免れることに成功した未来に何があったのかを聞き出した。その内容をふむふむと頷きながら聞き終えると、美央は改めて前日気持ち悪いと表現する時に使われそうな表情をあらわにして未来に言い返した。

「うん、私もちょっと驚いたけどね……」

 相変わらず未来は苦笑しっぱなしである。惺珽雷(しょうていらい)の強襲もそうだが、そこに偶然居合わせるような形で奇羅に会ったことや、彼の言葉一つ一つ―――いろいろと疑問が更に積み重なっていくばかりだった。

「惺珽雷ってヤツと、奇羅がつながってるとか? あーいや、あんなヤツがつながってるとは思いたくないけど。いやらしいヤツだしなんか気持ち悪いし」

 素直に思ったことを淡々と述べていく美央。そんなに言ったら別クラスにいる黄色い声を上げる女子生徒たちを敵に回さないか不安だったが、そもそも今自分たちの教室にいる時点でこの声は聞こえないからまぁ一応大丈夫だよねと心に言い聞かせておくことにする。

(でもたしかに……惺珽雷に襲われたあの場面って見られたのかな。マン人だとは思うんだけど)

 基本的に学園に通う生徒はほとんどがマン人と、スターセイバーズの上層部からの報告を受けていた。その情報が間違いなければ、奇羅もマン人の可能性は非常に高い。第一あの光景を見て驚き、若干混乱していたのは間違いないため、未来は彼を基本的にマン人という見方で捉えている。もしそうならば、あの強襲された場面は見せてはならないわけだが、惺珽雷がなぜあそこで撤退をしたのかはいまだ謎のままだ。

「――……らい、未来ってば!」

「あ」

 考え事が深いところまでいったらしく、未来の顔はそのまま下を向いていたようだ。美央が声をかけてくれたことで生返事をしてしまったが、教室の時計を見ると既に一時間目が始まるチャイムが鳴った後のような雰囲気が漂っている。廊下から先生たちがそれぞれの持ち場へ向かうコン……コン……と歩いてくる音が聞こえていた。

「もー、考え事はいいけどしっかりしてよね。あたしもちゃんと頼ってくれないと困るんだから」

 全く世話かけるよねーと皮肉のような言葉を放ちつつ、笑顔をちらっと見せる美央。そうして授業の内容に沿った教科書とノートを机の中から取り出す彼女の動きを見ると、未来の表情は軽く和らいだ。ありがとうと軽く心の中で呟くと、未来も彼女と同じように必要なものを取り、ノートを広げた―――。



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