スターセイバーズ〜虹杖の記憶〜

□第陸章
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 この日は昼食を食べ終え、午後の授業も平穏無事に過ごすことができた。といっても、約一名は除く。

(未来ちゃんに声かけられたらなぁ……)

 そう思うのは、朝彼女に声をかけたあの木下奇羅。彼は片思いでもしているのか、朝から午後までずっとこんな調子だった。もちろん昼休みにでも彼女のクラスに行こうと試みることもあったが、それ以前に附属中学時代からのこともあってか、これまで口説いてきた結果黄色い声を上げて近づいてくる女子生徒の大群に「ねえねえどっか一緒に行きましょうよ〜!」などと言われて連れさらわれてしまうような結果がついてまわる。こればかりは自業自得としか言いようがないわけだが、さすがに今回のことで口説きすぎたことを初めて後悔したかもしれなかった。

「はぁ〜〜〜〜〜……」

 午後の授業一つ目が始まる直前、彼は顔を少し下に向け、長いため息をつく。無論ため息が聞こえても、男子生徒は無反応、女子生徒は一部は心配そうに、一部は沈黙を貫いているだけという反応を見せるのだった。





 午後の授業が終わり、再びいつものように生徒たちが部活や帰宅など、それぞれ教室から出て行き、動き出していく時間。未来と美央は少し遅れ気味に、荷物を持って部室へ向かう準備をしていた。

「今日は大丈夫?」

「まぁ大丈夫だけど……」

 既に支度を済ませ席を立っている美央の質問に、未来は座ったままどこかお茶を濁すような返事をする。浅海と一緒にいた少女のことが気になるのか、それとも朝の件が気にかかっているのだろうか。

「どうかしたの? やっぱり気になる?」

「まぁ……うん」

 現状謎が盛りだくさんで、どこから手をつけたらいいか分からない状態―――とりあえずという肯定する言葉に、美央は少し納得がいかなかった。

「何が気になるの?」

 浅海の件であれば付き合うだろうし、朝の件はどうしようもないので彼女の提案次第で動くか否か決めよう、と美央は思っていた―――しかし彼女が返した言葉は。

「勇」

「……へ?」

 飛び出した単語は彼女の弟の名だ。弟の何が気になるというのだろうか。美央が疑問の言葉をかける前に、未来は続けて内容を喋り出す。

「毎度いっつも起こしてくれるのに勇ったら今回は“初めて”遅刻しかけたんだから、一体何をしてたっていうのよ……気になってしょうがないわ」

「いやそういう事!?」

 むしろ毎度起こされているのかと突っ込みたくなるが、我慢しておくことにする。毎度起こされ遅刻を回避、弟が完全に面倒を見てるような状況。そこに落ち度があったとして、それは人間だからこそあるミスみたいなもの。なのにそこにこだわる理由など、分かるわけがない。姉弟という関係だからこそ分かる何かでもあるのだろうか。

「これは重要なのよ!」

「え、そんなに……?」

 美央は一人っ子なので、その辺のことはよく分からないでいた。実際に兄弟がいれば分かる部分があるのかもしれないが、喧嘩をして仲良くない関係の家庭もあるだろうし一概には言えない。とりあえず美央は提案を持ちかけてみる。

「とりあえず……行ってみる? 勇くんのとこ」

「行くわ!」

 即答、と言うようにガタッと椅子の音を鳴らして立ち上がり、はっきりと返事する未来。分かりやすいなぁ……と笑いながら、二人はそのまま勇がいる附属中学の校舎をつなぐ噴水広場へ向かうのだった。

(未来ちゃんたちどこか行くのか。あ、でもたしか部活入ってたもんね。そっち先に行っておこうかな?)

 そう思いながらその様子を観察していたのは、言うまでもなく彼。彼女たちの視界に入らないところから見守るように二人の背中を見つめていたのだ。へたすればストーカー行為で逮捕されそうな勢いだが、まだ彼女たちが気づいていない分セーフなのだろう。彼女たちの情報をどこから収集したのか分からないが、今回は黄色い声を上げる女子たちが奇羅を見つけきれず断念したのか、それとも昼間騒いだから満足して帰ったのか―――いずれにしても今の時間帯に彼に近づく人はいなかった。

(とりあえず部室の近くにいってよう!)

 ぐっと右手を握りしめると、未来たちとは反対方向から彼女たちが通う部室へ走り出した―――その時彼女たちが何か異変を感じ取るように走り出す様子があったのを知らずに。





 勇は一人で再び校庭に向かっていた。未来からの情報で、そこでフォーチューン、そして惺珽雷と対峙したことを聞いていたからだ。昼間は彼にべったりだった愛理(あいり)という名の少女にばれないようにここまで来たので、おそらく彼女がここに来ることはないだろう―――。校庭に辿り着き、そこから感じる違和感を捜すため、周囲を軽く見渡していた。勇は懐に携えていた剣を鞘から抜き、すぐに隙を作らないよう構えをとった。ちなみに鞘に入れていた剣は普段鞄に入れ、突き出したところが目立たないようどうにか工夫している。先生もこれといって気に掛けることもなく、生徒たちはよくできた玩具と思わせることができているあたり、ここはマン人ならではなのかもしれない。勇の剣はファンタジー世界によくあるありふれたデザインのものなので、もし現実に存在してたらというサイズだったとして、それが本物だとは思わない―――それがマン人だ。

 そして、その剣を構え周囲を見渡すこと数分。

「やはり気づきますか……さすがは未来の弟ですね」

 ふと、どこからか落ち着いた低めの女性の声が聞こえる。警戒を強めると、建物の影らしきところから一人の女性が姿を現した。

「お姉ちゃんの弟とかいう肩書きはいらないよ。僕には月見勇(つきみいさむ)っていう名前があるんだからな、フォーチューン!」

 勇は身構えたまま彼女―――フォーチューンへ言い放つ。その言葉に彼女は小さく笑うと、勇と正面に向き合うように現れた場所からふわっと移動する。

「そうですね、“勇”くん。あなたには、彼女が来るための餌になってもらおうかと思っています」

「お姉ちゃんをおびきよせるための餌になるつもりはないよ!」

 そう言いながら勇は剣―――エターナルソードを持ったまま、彼女に向かって走り出す。

「てやぁぁあっ!」

 張りのある声とともに、勇は高く飛び上がり、剣を振り下ろすように斬りかかった。しかし、その振り下ろした剣はフォーチューンが前方だけに展開したバリアによってはじき返され、逆に勇のほうが地面へ仰向けに倒れる結果となる。

「私に物理で挑もうなど、無意味に等しいです。大人しくしていなさい」

 低く冷たい声―――その言葉を聞いて、勇の悔しいと思う気持ちに拍車がかかる。相手はどんな実力を持っているか分からないものの、惺珽雷(しょうていらい)と手を組む魔法使い―――魔法でバリアを展開されるのが早ければ、こちらが正面から斬りかけたところで意味がないのは勇でも分かることだ。彼は魔法を扱う能力を持たない代わりに物理や反射的な行動を特化させるよう訓練を頑張ってきたため、隙は作らないつもりでいる―――しかし圧倒的に不利な状況に立たされているという実感を持つと、立ち上がっても勇は攻撃しにかかることができず、歯を噛んだ。

「勇!」

「お姉ちゃん……!?」

 結局膠着状態のまま続いていた状況が変化したのは、フォーチューンの思惑通り未来と、そして美央がこちらへ走ってきた時だった。勇はふっと視線をフォーチューンから外し、未来たちのほうへ目をやる―――結果、彼女は即座に闇魔法らしき黒い玉を投げつけるように放ち、勇は少し吹っ飛ぶように未来たちと合流することになった。

「やっと来ましたか、未来」

 フォーチューンは相変わらず冷たく静かに話す。

「勇がお世話になったみたいだけど、まだ何かあるの?」

「今度こそ、レインボーロッドをもらい受けに」

 警戒しながら勇を立ち上がらせると、彼女からの返事はすぐにきた。まるで何かに動かされているロボットのように、感情がとことん読み取れない。

「そんなことさせないもんね!」

 美央はそう言うと、隣で杖を取り出す。少し光りながら出現した杖は、以前初めて未来が自分も魔法使えるんだよとカミングアウトした時に見せてくれたそれと同じものだ。

「やる気ですか……構いませんが」

 フォーチューンも構えの体勢をとる。既に魔法陣は展開され始めていた―――が、美央もまた唱えていたようで、彼女の立つ場所には赤い魔法陣が出現している。

「詠唱終了、途中略、『フレイム』!」

(略しちゃった……)

 本来なら言ったほうが威力倍増になるはずの部分を略し、美央は速さ優先で炎の魔法を唱える。それなりの大きさの炎の塊が三つに分かれ、三方向から対象の前方へ向けて放たれた。威力が倍増すればその塊も大きくなるが、ここは詠唱を中断させるほうへ優先させる作戦だろう。未来が脳内で突っ込んだことはともかく、とりあえずフォーチューンの詠唱を止めることはできたらしい。軽く怯む姿を見る限り、あまり強くはないのだろうかと思えてしまうが、未来もレインボーロッドを出現させ、素早く詠唱を完了させる。彼女の足元には、白い魔法陣が展開されていた。

「光(ひかり)、対象(たいしょう)貫(つらぬ)き雨(あめ)の如(ごと)く降らせよ……『セインターペネトレイト』!」

 未来の言葉に反応し、杖は元々の輝きを更に増やす。同時に魔法陣も輝くと、数えられないほど光を纏った槍が上空から出現し、フォーチューンへ向かっていく。降り注いだ光の雨のいくらかが、彼女を貫いた。

「…っ!」

 その圧倒的な力で、フォーチューンはその場に崩れ落ちる。思ったより彼女は強くなかったのだろうか、それともたまたまなのか。美央がやった! と喜ぶ隣で、未来は何かしらの違和感を感じていた。彼女の黒い瞳は、未来に向けて悔しそうに見つめている。だが、なぜかフォーチューンを、自分は見たことがあるのではないかと思い始めていた。確証がない上曖昧なため、勘違いかもしれない。浅海のそばにいた少女の雰囲気と似てるのだろうか、と一瞬思うものの―――。

「未来、とりあえず撤退しておく? もしかしたら、惺珽雷が来るかもしれないし……」

 考えていると、美央が声をかけてきてくれた。たしかに仲間が傷つきとどめをさす直前と言えば、敵味方関係なく妨害が入る可能性があるだろう。ひょっとしたら、その瞬間を待って既に潜んでいる可能性すら考えられた。戦闘経験がどのくらいあるか分からないが、そんな彼女にしてはなかなか適切な判断だと未来は思い、少し考えてからこくりと頷く。

「分かった、勇もそれでいい? 今回のこと、また上層部に報告しなくちゃだし」

「うん、分かった」

 そうして一連の流れを確認すると、三人はフォーチューンのもとから足早に去った。彼女はそれに追撃するほどの体力も残っていないようで、その場に崩れ落ちたまま、彼女たちの後ろ姿を見ることしかできず、沈黙する。

「失敗したか」

 美央が先ほど言った予測通り、彼女たちが去った後、すぐに男―――ー惺珽雷はフォーチューンのそばに現れた。彼女は結局負けてしまったという感情があるのか、その場に崩れ落ちたまま黙っている。

「やはりレインボーロッドの力は絶大だな。一刻も早く手に入れたいものだ」

 惺珽雷はそう言いながらニヤリと微笑む。そばで瀕死に近い状態の彼女など目に入っていないように―――。そして少し経つと、影から別の男が近寄ってきた。その男は、惺珽雷からの言葉を待つように佇んでいる。それを察するように、彼は男へ声をかけた。

「だからこそ君の力が必要なのだ。頼むぞ」

 その言葉が嬉しかったのか、影から見える―――――ネイマールヘアーに似た髪型をした男は、それに静かに頷いた。


次章へつづく
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