スターセイバーズ〜虹杖の記憶〜

□第弐章
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「どうしたのお姉ちゃん?」

 夜。二人はまたもやスターセイバーズの王家の人から用意された寮にいた。学園生活をどのくらい過ごすか分からないため、寮を借りて住むことになったのだ。

「ちょっとねぇ……」

「なんだよ教えてくれたっていいじゃないか」

 静かな部屋に二人の声だけが響く。未来はしぶしぶ美央から聞いた幽霊の話を勇に話し、夜深くなった頃に本当に幽霊が出るのかを確かめに行くと告げた。

「幽霊なんか信じてるんだ?」

「いや幽霊というよりも、マン人からしてみればって話よ。魔物とか言ったってマン人はまずそんなのこの世に存在するわけないって否定するでしょ?」

「ま、まぁそうだけどさ……」

 正論を突き付けられ、口を濁す勇。その間に未来は部屋に設置された時計を見る。もうすぐ深夜の零時を告げようとしていた。

「……よし」

 外はすっかり暗く、治安の悪い場所ではまず女性が一人で出歩くのは危険な時間帯だ。しかし幸いにもこの辺りはそういった事件も少なく、街頭もついているので安全に学園まで行くことはできるだろう。未来は胸ポケットに小さな虹色のロケットペンシルをさすと、部屋の入り口まで歩いていく。

「あ、ちょっと僕も!」

「……絶対、ダメ」

 バタン。勇もついていこうとしたが、未来の一言で完全に出遅れ、部屋に一人取り残されてしまうのだった。





 昼間は車やバスが行き交い賑やかだった街も、この時間になるとすっかり静寂に包まれている。当たり前だが人気もない。その街路の歩道を、未来は一人静かに歩いて学園を目指す。そこまで離れた場所にあるわけではないので、学園の正門へはあっという間に到着した―――のだが。

「やあやあ! 待ってたよー未来ちゃん! 夜中の探検といきましょうか〜!」

 正門には見覚えのある少女が立っていた。朝、昼と声をかけ、そして幽霊が出るという情報を教えてくれた―――。

「………」

 どう反応すればいいか未来は分からなかった。とりあえず冷や汗をかいているのは間違いないだろう。お昼ご飯の際言っていたことを有言実行する―――彼女の積極性っぷりは大したものだなと未来はこの時心の中で深く納得した。

「あれ、未来ちゃ〜ん?」

「……未来でいいよもう。なんで来ちゃったの?」

 とりあえず呼び捨てで呼んでもらうことを一応言い、おそらく返ってくるであろう予想する答えを待つ。

「そりゃ、だってお昼ご飯の時言ったじゃん! 今日の夜一緒に学校行くって!」

 そう言って美央は、正門が閉まっているにも関わらずそれを女性らしからぬ行動で敷地内へ侵入。この場合不法侵入だが、ここで警察やセキュリティシステムが働くわけもなく、美央はそのまま学園内へと歩いていく。

「あっ! ちょっと待ってってば!」

 若干振り回されている感を受けながらも、未来もまた美央に倣うように学園の敷地内へと侵入し、彼女を追いかけて走り出すのだった。





 学園内はもちろん消灯済で、頼りになる灯りといえば非常口の緑色ランプと月明かりくらいだろうか。未来と美央は離れないように静かに校舎内を歩いた。無音かつ暗闇の空間は、何もないはずなのに不思議なほど耳からの威圧感を受ける。それを感じてか、二人の表情は先ほどまでの明るい雰囲気から一転、だんだんと固く、強張ってきていた。

(やっぱり慣れないなぁこういうの……)

 心の中で、未来はそんなことを呟く。森林や洞窟などでの魔物退治は慣れたものだが、こういった到底ファンタジー要素皆無に等しい場所での探索は慣れていないのだ。美央もやはり噂を信じ込みすぎたのだろうかと少し不安な面持ちを見せ始める。

「やっぱり嘘だったかもしれないね、あはは……」

 苦笑しながら、美央が未来に向けて呟く。幽霊の存在を信じているのか、強張ったままで安堵しているようには見えない。

「そ、そもそも噂を信じるっていうのがバカなのよね! うん! そう! ということでとりあえず帰りましょ! もしここで先生とかセキュリティとか変に引っかかっちゃったらどうなるか分かんないし! ってことで帰ろ〜!!」

「え!? ちょっと美央〜!?」

 恐怖がピークに達したのだろうか。美央は未来を置き去りにそのまま廊下を走っていってしまった。やはり深夜の校舎内は怖いのだろう。

「もう……どうしよう。私も帰ろっかな……」

 正直未来はもう少し探検していたかったが、勇はちょっと喧嘩して寮に置いてきてしまっている上、これ以上有力な情報が掴めそうもない気がしていた。闇雲な探索は危険だとスターセイバーズの活動で教わってきたため、仕方なく未来も美央と同じように歩を進めて出口へ向けて歩き出す。

「――――……」

「……?」

 ふと、その時誰かがいる気配を察知する。教室の中らしく、中に誰かいるのだろうが、その正体は分からない。まさか本当に幽霊が出たのだろうか? いやいやまさかそんなと未来は必死に心の中で安静になろうと高鳴る胸の鼓動を抑えながら、声の聞こえる教室のドアの前まで来る。さすがにここまでくるとこの静寂の空間の中で内容くらいなら聞き取ることができた。

「どうしてここを選んだのよ?」

 聞こえたのは女性の声。未来よりも落ち着いた、大人びたような声。

「ここに一人、女が転校してきた。その女が怪しくてな」

 それに答えたのは男性の声。中年ほどの、しかし冷徹さのある声だ。

「女?」

「『レインボーロッド』を所持している可能性がある。奪うだけでもいい。最悪殺せ」

「!!」

 未来はビクっとして体を震わせた。その内容は、あからさまに自分のことを差していたからだ。驚いたあまり、静かに聞いていたはずの未来の体がドアを軽くガタッと震わせてしまう。

「誰だ?」

 さすがに音を出してしまっては気づかれてしまう。未来は覚悟を決めて教室に入った。
 そこには幽霊ではなく、二人の男女が佇んでいた。教室自体が暗くあまりその姿を見ることはできないが、少なくとも女性側は未来と同じくらいの背丈、男性側は185cmくらいだろうか―――の細身の体であることが確認できる。

「小娘……今日転校してきた娘だな?」

「……っ!」

 男から感じる威圧感あるオーラに、未来は若干圧倒されていて声を出すことができないでいた。女性側もなるほど、と納得するように彼女を見ている。

「貴様が持つ『レインボーロッド』。それを渡してもらおう。そうすれば命だけは助けてやる」

「『レインボーロッド』……」

 未来はそう言いながら胸ポケットにさしていた虹色のロケットペンシルに手をやり、少しだけきゅっと握る。

「……一筋縄ではいかないようだな」

 そう言った瞬間、男側から何か波動弾のようなものが放たれ、未来へ向かっていく。素直にそこから退こうか未来は悩むが、迷う暇なく彼女はロケットペンシルを持ち、左右に振った――――。

 男側から見ればそれは直撃したも同然に見えた――――だが、実際にはその場から若干煙が見えており、晴れた時そこには虹色に輝く杖を持った彼女がいた。

「やはり『レインボーロッド』の使い手だったか。スターセイバーズならばなお殺さなければなるまい」

 防御態勢でなんとか今の攻撃を回避したのが精一杯だったのか、彼女の額に少し汗が垂れ落ち、息が少し荒くなっていた。ロケットペンシルが巨大化し、虹色に輝く杖―――それを手にしている未来は、現状をどうすべきかとにかく第一に考える。この狭い空間で限りなく物の被害を抑える必要、そして自分自身が何よりも倒れないこともまた当たり前であり、その両方を満たせる方法が今の彼女の頭では考えきれなかった――――が、そんな時。

 カッカッカッカ。誰かがこちらへ走ってくる音が校舎内にこだまする。

(いけない、まさかマン人!?)

「……ちっ、運がよかったな小娘。別の機会にしてやろう」

 そう言うと男は未来から背を向ける。

「行くぞフォーチューン。面倒事に巻き込まれたくなければな」

「はい、惺珽雷(しょうていらい)様」

 女性側―――フォーチューンは、男――惺珽雷の言葉に肯定の意を示し、その直後二人はその場から何か空間を生み出し同時に消え去った。その様子を未来はただ見ることしかできず、その場に立ち尽くしている。

(フォーチューンと……惺珽雷?)

 未来が名前を脳内で復唱しながら先ほどまでの出来事を整理している間、入れ替わるように一人の少女が彼女の元へ駆け寄る。

「未来! 探したよ〜! なんか心配になって戻ってきたんだけど……って、未来〜?」

「……げっ!?」

 やってきたのは、先ほど廊下を自らの恐怖から走りだし未来を置き去りにしていった美央だった。しかし、未来は一つやらかしてしまった。先ほどの情報を整理している間に、自分の持つ杖―――『レインボーロッド』を隠すことを忘れていたのだ。慌てて杖を後ろに隠すが、当然杖が輝いているのでこの暗闇の中でその存在を隠すことは到底できない。

「なにそれ〜? 何隠したの?」

「い、いやぁこれはその……」

 なんて話せばいいのだろう。マン人にこういったファンタジーなものを見せるのは厳禁―――むしろ禁じられている。初日から失態を犯してしまった気がするどうしよう……と思っている間に、美央は未来の後ろに回り込み彼女が隠していた杖を確認する。

「ほうほう、これは杖か! ってことは魔法使えるんだねぇ〜」

「……へ?」

 しかし、美央から返ってきた言葉は意外なものだった。パニックするどころか驚きすらしない。むしろ感心している様子だった。

「驚かないの?」

「そりゃね」

 逆に驚かされたのは未来のほうだった。マン人でも魔法に感心のある、理解のある人がいるのだろうが―――まさか美央がそうだったのかと思うと、未来は少し落ち着きを取り戻す。とりあえず杖をまた小さくいつものロケットペンシルのサイズに戻すと、美央はまたその様子を感心しながらふんふんと頷き、今度は美央がポケットから小さなペンを取り出してみせた。そしてまさかと思った次の瞬間。美央はそのペンを杖のサイズにまで巨大化させてしまう。

「いやぁごめんねぇあたしも使えるからさ〜!」

「…………」

 マン人とは即ち、魔法やファンタジーの存在を知らず、その能力すら扱えない人々の総称。今美央が明かしたのは、自分もペンを巨大化させて杖に、そして魔法を使えるということ―――つまりマン人ではなかったのだ。

「………はぁぁ……」

「ちょ、ちょっと未来!? 大丈夫!?」

 過度に緊張しすぎたのもそうだろうが、それ以上にマン人に見られずに済んだということがまず安心第一項目として上がり、その瞬間未来はその場に崩れ落ちるのだった。



次章へ続く
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