創造への奇跡book5

□あなたを待ちわびている
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さっきまでの喧騒がまるで嘘のように、サワサワと穏やかな葉音だけが辺りを包む。
ふわ、と前髪が風に揺れては返ってくる。

セネルと、私。

腰掛ける間には、なんとなく二人分くらいの距離。


「…涼しい、」


何を話していいかわからなくて、ぼんやりと適当な言葉を口に出す。汗で貼り付いていた服が穏やかに乾いていって、多少の気まずさはあれど居心地の悪さは感じない程度の空間だった。


セネルを前にすると、どうしたってあの夜を思い出す。

ディセンダーの使命を忘れた私。
皆と過ごしていくうちに、どんどん欲張りになった私。
大切な人の安らかな場所を壊してしまった私。

私はそんな自分が嫌で、でも育ってしまった感情が止められなくて。

セネルなら、冷静に咎めてくれると思った。
ディセンダーとは、このルミナシアを守るために生まれて生きる存在なのだと。
ヒトと共生はできても、当たり前に同じでなく、役目を全うすべきなのだと。
そう思っていたのに。


「……また、つまらないことを考えていないか?」


緩やかに落ちていく私の顔に気がついたのか、セネルがこちらを覗き込むようにして話しかけてくる。その指は前髪をかきあげようとでもしたのだろうか、微かに私の目の前に寄せられたのだけど、空を切るだけでまた戻っていってしまった。


「俺は、レツに笑っていてほしい。レツがディセンダーなのは知ってる。ディセンダーが俺たちとは違う生まれで、身体で、何を期待される存在なのかも知ってる。それでも、レツの隣に立ちたいと思う。……それだけじゃ、ダメなのか?」


ディセンダーはヒトとは違う。
それは簡単な言葉のようで、とても重たい。

それを知っているからか、一瞬だけ彼の瞳は揺らいだ。しかし、おそらく彼の中の信念が揺らいだのではなく。その言葉を伝えることが正しいのかという私への気遣いが、そうさせていた。

……セネル・クーリッジは、時に厳しく冷淡であるけれど。やはり、優しいヒトなのだと思う。


「ディセンダー、…うん。そう、なんだよね。私はディセンダーで。スパーダも、セネルも。私とは違う。……ヒトで。皆で助け合って生命を繋いできた、ヒト」


瞳を閉じれば、草木や動物、魔物達の生きる音が感じられる。

そんな場所を守ってきた父、世界樹。
世界樹に寄り添い、彼を助けるディセンダー。
世界樹が寄り添い慈しんだもう1つの世界、ラザリス。


みんなみんな同じ場所にいて、そして。

遠い存在だと思った。


「……ダメだよ。私はみんなを守るんだ。私は、レツっていう気持ちをみんなに育ててもらったけれど。私は、ディセンダーなんだから。ディセンダーは、世界を守って。そして、また世界樹の下に還るんだ」


遠い青空。

私は還らなくちゃいけない。

私は私にしかできないことを。

私は私のあるべき場所へ。



だから、現を抜かしていてはいけないはずなのに。






「ディセンダーの力はもう、特別でも何でもない」




ーー割く。

靄のかかったような空気を。


鋭く、力強く、否定する。




「俺たちは、レツに守られるだけじゃない」




意識を急に引き戻されるような衝撃。

批難、憤り、願い。
いろんな感情を一緒くたにしたような瞳が、こちらに向けられている。


私はあの眼を見ることはできない。

私の中の信念が、いとも容易く崩れ落ちてしまいそうで。
(たくさん並べてきた言い訳が、全て暴かれてしまうようで。)

ただのレツとして、あの眼に向かって立っていられるだけの心は私には無かった。





「……レツがそうやって卑屈になっている間に、俺たちは……俺は、いくらでも変わっていけることを、見せるから」


白は緩やかに立ち上がり、拳を握る。

激流を秘めたその拳は、今まで幾度となく誰かを守るために使われたのだろう。

彼が守るのは、妹と、仲間と、そして。

私、は。
ディセンダーとして、その守るべきものに加えてもらえるのだろうか。
それとも、ディセンダーでも何者でもなく、レツを見てもらえているのだろうか。


振り返るその表情は、晴れやかであり。
少しだけ、苦しそうでもあった。


「レツの目には、今はスパーダしかいないのはわかってる。だが、そうやってレツが自分を否定している間は、俺にもチャンスがあるから」
「、」


スパーダという単語に、胸が引き裂かれるような衝撃が走った。
そうだ。セネルには、伝えている。この想いと、その結末とを。

それを知ってなお、馬鹿にするでもなく、呆れるでもなく。ディセンダーでなくレツに向かって、ただ優しさを届けてくれた。




「セネル、は」


なぜ、私を好きでいてくれるのか。
本当に、"好き"でいてくれているのか。
ディセンダーとしてではない、レツとしての存在意義があると言うのだろうか。

それをたまらなく尋ねてみたい衝動に駆られるが、尋ねてはいけない気もして。
いや、尋ねる勇気が私には無くて。



名前を呼ばれた彼は、しばらく次の言葉を待ってくれる。
しかし言葉が続いてこないことを悟ると、少し寂しそうに笑った。










あなたを待ちわびている




(わたしは、)

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