創造への奇跡book5

□蜃気楼
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脳みそがグラつく不快な感覚。
ともすれば胃からモノが込み上げてきてもおかしくないような感覚に襲われながら、オレの意識は浮上する。

未だ天を仰いでいるオレに向かって、無言でボトルが差し出された。身体は軋むが、動けないわけではない。なんとか鞭打ち起き上がり、幾らかは飲み干し幾らかは口をゆすいで吐き出した。僅かに混ざる血液に、いつだったか喧嘩に明け暮れていた頃のことを思い出して自嘲気味に笑う。


「…ガチでやりやがったな」
「お前は思ったより弱かったじゃねぇか」


カチンとくる。が、何も言い返せない。
いくらかの攻防戦があったとはいえ、ワンパンで落ちたのだ。笑えたモンじゃねェ。

しかしティトレイはオレを馬鹿にするでもなく、ただ静かにこちらの様子を伺っている。その右手は電流に焦がされたのだろうか、訓練用のグローブが見るも無残な姿になっていた。


「……家族に、見えなくなったンだと」


自然と口からついて出た言葉。

それは今までずっと胸をジクジクと蝕んでいた物であったはずなのに、するりと何の抵抗もなく滑り落ちる。
目の前の相手に負けた。その事実が、今まで張っていた緊張の糸を断ち切ったのかもしれなかった。

オレの言葉に、ティトレイは僅かに眉間にシワを寄せる。しかし、それだけだ。兄として妹として、同様に疑似家族の関係を築いてきた割には驚いていないようにも見える。





「………裏切られたとか、思ってんのか?」


抑揚なく溢れた言葉がオレの胸を刺した。

裏切り。

その単語に、燻っていた火種が徐々に徐々に大きくなっていくのを感じる。




家族に見えなくなったと言われて、衝撃だった。

裏切られた気持ちだった。

疑似家族なんて所詮そんなものだと、失望のようなものを覚えた。

レツと距離をおかなければ、オレは自分の心を保てなかったのかもしれない。

自分ばかりが依存していて、家族を求めていて、虚しくなった。


オレだけが。

アイツは違った。 

家族がなくてもいいのだと。

違う。

1つ目の家族が温かいから。

2つ目はもういらないのだと。

2つ目は捨てられてしまうのかと。

溢れてきたら、止まらなくて。

オレだけがずっとずっと女々しく、ガキ臭く求めていたのかと。

悲しい。

寂しい。


そんな思いが頭を占めて。



オレが側にいなくとも、セネルや、帰ってきたGと笑っているアイツが、憎くて。





「……これでも少しは頭が冷えてきてンだ。あんときは馬鹿みてェに身体が重くて動かせねェし、苛ついてたからよ」


誰もがディセンダーになれるのだと、アイツが特別でないことを証明した日。レツの感覚をまた一つ共有でき、身体は辛いものの喜びすら感じていたあの日だ。

極度のダルさの中でやってきた突然の言葉に、オレはパニックを起こしていたのかもしれない。だからオレは、アイツが何を考えているかなんて考えもせず、ただ一方的に衝突して逃げ出した。


「でも、今になってもわかんねェ。…アイツはなんであんなコトを言ったのか。家族なんて、いらねェのか、とか」


そんなことばかり考えてしまう。

極力落ち着いて考えようとしても、どうしても主観が邪魔して上手くいかないのだ。グシャリと前髪を乱し俯く。


(嫌だ、)


遠く見える青空の下に、ふと。
ベルフォルマの七男坊が、恨めしそうにコチラを見ている。
ゾクリ。
寒気を感じたのも束の間、ティトレイがソレを打ち消すかのようにして大地を踏んだ。






「おれがレツに、アドリビトムを家族と思えって言った。それは、ルバーブ連山でただ一人、記憶もなく浮かんでたっつーアイツがすげぇ寂しそうで、居場所がなさそうだったからだ」


その眼はどこにも逸らされることなく、ただオレを捉えている。
静かに、まるで子供に言い聞かせでもしているかのように。


「同郷の人間もいねぇ。自分の過去もわかんねぇ。きっと不安だろうから、なんとかして落ち着かせてやりたかった。……"家族"なら、アドリビトムごとグルにして巻き込めるし、わかりやすく甘えられんじゃねぇかなって思った」


レツがアドリビトムに来た後、あまり間を置くことなく仲間になったというティトレイ。オレの知らない時間がそこにはあって、オレの知らないレツがそこにいる。

オレの知っているレツは、部屋こそ生活感がなく借り物のようにしていたが、仲間を愛しよく笑うヒトだと認識していた。寂しさなど少しも見せず、アドリビトムが自分の帰る場所だと胸を張って言えるようなヒトだったと思う。

オレの知らない世界に、チリリと。
胸が痛む。

しかし目の前の男は、そんなオレの様子など気にも止めず(気が付いていないのだろう、)話し続ける。


「レツが家族を辞めたいと言っていて。……お前はそれを責めたんだろ?」


向けられる視線に鋭さが混じる。

決して恐れるような存在ではないはずなのに、身が竦む。





「おれはお前の事情は知らねぇ。レツが何を考えてるかもわかんねぇ。だけどよ……お前の選択が間違ってたことだけはわかる」






ザ、と風が一つ吹いた。

草木が擦れる音が鼓膜を震わす。






「"家族"なんてのは、温かくて大事なもんだ。それと同時に、呪縛でもある。血のつながりはどうしたって消せねぇ。良くも悪くも、何があろうとずっとずっと繋がり続ける」


ヒトが、生き物が、そこに存在するルーツ。

生まれたからには、間違いなくあるはずのもの。

それが家族、血の繋がり。

誰しもが持ち、常に付き纏う。


「"ごっこ"だとしても、しつこく相手に求めるんだったらその辺ちゃんと考えとけよ」


ティトレイはしゃがみ込み、オレと目線を合わせた。プレッシャーに思わず視線が外れそうになるが、それをコイツは許さない。
両肩を鷲掴み、デコがぶつかる既の距離を保ちながら話し続ける。


「お前はレツを縛り付けたいのか?家族なんてモンに依存しなきゃならねぇほど、お前たちの絆は脆く危ういモンなのか?レツがたとえ家族を辞めると言ったとして、それは俺たちアドリビトムとの決別を意味してたってのか?……違うだろうが」


一口でまくし立てる様子は、普段のティトレイ・クロウからは想像できないような剣幕で。
何も言えない、何も返せない。
しかしヤツもそれを望んでいる訳ではなさそうで、黙りこくるオレのことなど意に介していない。

肩に込められる力がゆっくりと抜け、視線がようやく外れた。そして放り投げられていた道具袋と焼け焦げたグローブを持ち、背を向けられる。




「ディセンダーとしてじゃなくレツを見て、精神面でも実力でもレツを支えてきたお前が今更何を言ってやがる。今のお前は、ちゃんとレツが見えてんのか?」









蜃気楼





(この拳の痛みで目を覚ませ)

(それきり口は閉ざされた)


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