創造への軌跡book4

□届くと信じた言葉
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「す、き?」


レツはさっきまでの真剣な、いっそ寒々しくも感じられるほどの表情をポロリと落とし。
何を言われたのかわからない、というような間の抜けた返事をする。


「えっと。……セネル、このタイミングで冗談は、」
「冗談なんかじゃない」


状況を取り繕おうとしたのか、へら、と不自然な笑顔が見える。が、俺が間髪を入れずに否定したことで、その笑顔すらも凍りつき時が止まった。

沈黙が落ちる。

彼女は必死に頭の中を整理しているのだろうか。それとも、やはり予想だにしていないことに驚き思考までも止まっているのだろうか。

(本当は今言うべきことでもなかったかもしれないが)

セネル・クーリッジがスパーダ・ベルフォルマよりも強くなり、レツを満足に支えられるだけの力をつけたとき。その時はじめて同じ土俵の上に立て、真っ向から勝負しにいけると思っていた。弱いままの俺ではただの守るべきヒトでしかなく、レツの隣に立つ資格などないのではないかと、そう勝手に考えていた。

しかし。


「もう見ていられない」


俺は瞳を逸らさず彼女を……レツを見つめる。


「自分を犠牲にしないでくれと、以前伝えたのを覚えているか?」


少しだけ距離を詰めたくなる衝動に駆られるが、俺の足は動かない。なんとなくではあるが、まだ"そうしていい時"ではない気がしたから。


「どうして、レツは自分の幸せを見ようとしないんだ?」


責任感が強いのはレツの長所だとは思う。里帰りをして世界樹と話をしたという彼女には、何らかの思う事があったのだろうとは思うのだが。

(彼女が幸せになれないだなんて、幸せになっちゃいけないなんて、"嘘"だ)

あの日の約束が胸の内に残っているから。ディセンダーとしての悲しい使命を、どうしても受け入れられない。

ふ、と肌を撫でるようにして冷たい空気が流れる。

星の少ない夜空は、まるで暗い海の底のようで。波に揉まれ、攫われてしまうのではないかという無意味な不安が俺を煽った。




「…っ、でも、」


レツがなにかを言おうと口を開いた瞬間。

静けさに包まれていた甲板に、新たな訪問者が現れる。


「やーん、寒いですぅスパーダ様ぁ」


妙に甲高い見知らぬ声が、この静かな甲板に響いた。


「あー、くっついてくんなッつの。だから明日にすりゃ良かっただろーが」

「だってだって、迷っちゃったらアニスちゃん怖いなぁって!それに、もう少しスパーダ様とお話ししたかったんですぅ♡」


聞き覚えのない口調からか、俺は反射的に入り口側に顔を向ける(おそらくそれが動物の本能として当たり前の動作であると思う)。そこには丁度話題の中心にいた人物であるスパーダ・ベルフォルマと、ふんわりとした黒の髪を2つに結った小柄な少女が、ピッタリとくっついた状態で立っていた。

俺はその様子に少しだけ眉根を寄せながらレツを見る。すると、彼女は不自然にそちらから視線を外し、彼らとは反対側の床を見つめていた。

そんな彼女のことを知ってか知らずか(星の無い夜だ、こちらの様子が見えにくくても仕方はないだろう)、賑やかな少女は特に気にする素振りも見せず話し始める。


「あれ、ギルドメンバーの方ですかぁ?私、今日からお世話になります、アニス・タトリンでぇす♡」


必要以上に愛嬌のある振る舞いに戸惑いながら、これもまた必要以上に近い距離にいる緑色を見つめる。
しかし、新メンバーにバンエルティア号を案内していたのであろう青年は、ただ苛立ったような表情で俺たちを見つめるだけ。これは俺たちを紹介する気などないだろうな、と察した俺は一拍遅れて自己紹介を返すことにした。


「セネル・クーリッジだ。それと…」


ちら、と彼女を横目で見やる。顔こそあちらを向けるようになったものの、その視線は不自然に泳いでいて。


(スパーダのこと、家族に見えなくなったの。それを彼に伝えたら、怒って、呆れて、喧嘩になった)


それはつい最近、昨晩の出来事だという。昼間にもいろいろと予想だにしない事があったから、とてもじゃないが気持ちの整理などついていないだろう。きっと間に俺やアニスという少女がいたところで話しにくいことに違いはないだろうし、ここはなるべくフォローしたい。

そう考えて、俺は続けて口を開いたのだが。


「彼女はレツだ。よろしく」

「こんな時間にお二人で夜空を眺めるなんて、ロマンチックですね♡アニスちゃんもそんな恋人が欲しいですぅ」


何を勘違いしたのか、アニスはスパーダの腕をギュッと抱きしめ、期待の眼差しをチラチラと向けながら楽しそうに話す。

しかし、その眼差しを向けられる張本人は、ギラリとした眼光を隠すこともせずこちらへ放ち。


「……っ、」


その視線から逃れるかのように、レツは何も言わずに駆け出し甲板を出て行ってしまった。

俺は走って追いかけようかと考えるが、しかし俺自身も今は彼女を悩ませている人物の一人であることを思い出し。きっと今頃は何事もなかったかのように無理して笑っているのだろうから、その気丈な想いを壊さぬようにしようと考え直す。


「……何話してたンだよ」


少し時間を置いてからパーティ会場に戻ろうとゆっくり歩き出していた俺に、硬い声音で言葉がかけられる。見るまでもない、スパーダ・ベルフォルマからの言葉なのだが。


「お前には関係ないだろ」


俺からコイツにかけてやる言葉など何もなく、そのまま目も合わせず通り過ぎる。

……スパーダは、幸せが突然こぼれ落ちたと思っているのだろうか。

名門貴族だというベルフォルマの家庭事情など知らないが、ここまで執着するほどだ、きっと俺やレツのように家族への思い入れは強いのだろうが。

(お前に遠慮などしていられない。レツを笑顔にできないお前に、隣に立つ資格などない)


全く隠そうともされない舌打ちを背中に投げられながら、俺は甲板を後にした。








届くと信じた言葉




(届けたかった言葉)



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アドリビトムメンバー全員集合したつもりです

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