創造への軌跡book
□前を見たい、昔は知らない
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げしっ。
「いって!?なんだよレツ、そんなに腹減ってんのか?」
「違う!…まったく。さっきのルカ、明らかに失礼な気の利かせ方だったじゃん。まだ噂が抜けきってないのか…」
ティトレイの腹部に一発蹴りを入れる。あのルカの不自然な態度…絶対あの時の勘違いだ。失礼極まりない。
ティトレイはその扱いにグチグチと文句を言いながら、作ってくれたというお粥を開けていた。微かに漂う香りに、私のお腹はまた吠え始める。
……でも、改めて考えると。
「私って、ただ術使って疲れて眠っただけだよね?別に病人でも何でもないんだけど…」
言うなれば、少し大規模な回復術使ったようなものだ。お見舞いに来て貰うほどの事でもないし、お粥っていうのも大袈裟かもしれない。現に食欲は有り余ってる訳だし。
「いーからいーから、気にすんなって!コッチがやりたくてやってんだからさ!……ほれ、口」
「え?……んぐッ!」
口、の意味がわからなくて、ポカンと口を開けると。スプーンに乗ったお粥が、私の口の中へと放り込まれた。
それは特に熱くなく、ちょうどいい温度。それにさすがティトレイの料理で、ただのお粥と侮る事は出来ないくらい美味しかった。
ただ。
「…ティトレイ。だから私、病人じゃないんだって。別に自分で食べれるよ」
「なんだよー、せっかくだから甘えときゃいいのに」
「遠慮しときます」
面白そうにニコニコ笑うティトレイからお粥を奪い取り、今度は自分で口へと運ぶ。…うん、やっぱり美味しい。
私は“病人じゃない”と言ったのに相応しいくらいのスピードで、止まることなく食べ続けた。そして気が付けば、器は空。ごちそうさま、と言うと、少なかったかなんて笑いながらも嬉しそうな顔をしてくれる。
お腹もいっぱいになって、体調も全く問題ない。これで万事オッケー、この件はおしまい、だと思ってたのに。
「ティトレイ?」
ティトレイは空の容器をテーブルに置き、一向に動く気配がない。別にすぐ帰れという訳ではないけど、こんなにもジッと見られたら居心地が悪いというか。
彼の性格上、すぐに器を持って帰ってしまうか、それか何でもない話に花を咲かせるかだと思っていたのに…?
「ティトレイ?どうかした?」
「…………」
ジッと、私の方を見つめてくる。
そして、ゆっくりとその右手が伸びて来て……
ピンッ
「あいたっ!」
おでこに軽い衝撃。ティトレイがデコピンをしたんだと理解するまで、たっぷり3秒くらいかかった。なんでデコピンされるのかわからなくて、怒る以前に大量の?マークが頭を回る。
私が目をパチクリさせていると、もう一度手が伸びて来て。とっさにおでこをガードするけど、今度の狙いはデコピンじゃなかった。
ふわふわとGが横に飛んで行くのが見える。なんで場所を変えるのか。それを理解するのにも、やっぱり3秒くらいかかった。
「え、…ティトレイ?」
わしゃわしゃわしゃ。
ティトレイの右手は、私の頭の上。ゴムで束ねていない髪をくしゃくしゃにしている。……いや、撫でてる?
少し力を入れてくるものだから、自然と下向きになってしまう。そうすることで、私の視線とティトレイの視線はかみ合わなくなった。
「……ったく、強がんなよ。腹ン中に溜めるな」
「ッ……………何の、話?」
ハァ、と笑いを含んだ溜め息が聞こえた。ティトレイは私の頭を軽く抱き、自分の方へと引き寄せる。
「アドリビトムはお前の家族、だよな?」
「うん」
「なら簡単だ。お前と俺は家族で、兄妹だ。悩んでる妹の話を聞いてやるのは、兄ちゃんの仕事だろ?」
それはまるで、小さな兄妹が内緒話をするかのような感覚だった。感じた事のない、温かな感覚。
「………悩み、なんて別に」
悩み。
きっとティトレイは、この胸にあるモヤモヤに気付いてる。気を抜けば飲み込まれてしまう、大きな大きな不安。
本当は、隠そうと思っていた。悩み事なんてガラじゃないし、相談するのも嫌だ。このままいつも通り、でいいやと思ったのに。
「あるんだろ?…ほら、遠慮すんなって」
ニカッと、いつもと同じように笑う。
ティトレイは、私が口を開くのを待っていてくれて。
自然と口が動き始める。
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