創造への軌跡book
□まだ見たことのない場所
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「カノンノー?」
バンエルティア号2F、操舵室。確かカノンノは、ここで空を眺めるのが好きだったはず。
私はロックスからのお届け物を大事に抱え、部屋に入った。大きめの声で目的の人を呼べば、少し慌てたような声が返ってくる。
「はいカノンノ、ロックスからのお届け物」
「あ、ありがとう!」
その中身は絵筆らしい。ロックスによると、カノンノは絵を描くのが好きみたいで。お鍋を見に行ったロックスの代わりに、届けにきたのだ。
照れたように笑うカノンノの背には、スケッチブック。…隠してるのかな?見られたくないのかもしれない。
「絵描くの、好きなんだね。ロックスから聞いたよ」
「うん。でも独学だから、上手くないんだけどね」
誤魔化すように少し笑う。…やっぱり、隠したいのかな。そう思ったから、私は用事も終わったし戻ろうとした。すると予想外にも、カノンノが引き留めてきて。
「あ、ちょっと待って!…その、絵を……見てくれないかな?」
そう言いながら、おずおずとスケッチブックを差し出す。私には断る理由もないから、ありがたく見せて貰うことにした。
そこに描かれていたのは、どこかの風景のような絵で。
想像画にしては妙に繊細で、それでいて何か異質なモノのようにも見える。天に浮かぶ城のような物や、まるで木々のように生い茂る水晶まで。“独学”と言ったが、芸術の分からない私でも、これが普通の絵でないことはわかった。
「なんでかな…。真っ白な紙を見てるとね、どこか見覚えのない風景が浮かんでくるんだよ。……ねぇレツ、あなたはこの風景を、知らない?」
風景が浮かんでくる、というのはよく分からないけれど。カノンノは、そのことに対してあまり良い感情を持っていないんだなって思った。
「ううん…ごめんね。記憶が戻ったら、また見せて貰えるかな」
「そっか。他の人にも見せたけど、誰もこの風景を知らなくて。……作り話でしょって、笑われちゃうの」
悲しそうな顔、だ。
だから絵を見せるのを悩んでたんだなって、ぼんやり思う。今まで何度も否定されて、悲しんできたんだな…って。
でも、それはおかしい。
「…じゃあ、ホントに見つけて自慢しよっか。あんた達みたいな凡人には分かんないねって、笑われた分だけ笑ってやればいいよ。私もその風景を見てみたいし、手伝うからさ」
子供の喧嘩みたいだけど、やられたらやり返さないと。だって、カノンノは嘘をついていないんだから。カノンノは悪くないんだから。
私は本当にそう思うから、真顔で言った。そうしたら、カノンノは少し驚いたような顔をしていて。
「あり、がとう…。レツは、信じてくれるんだね」
「ありがとう」
もう一度、改めて言う。あまりにも嬉しそうに、幸せそうに笑うものだから、なんだか恥ずかしいことを言った気分だった。
この不思議な空気に耐えかねて、くるりと後ろを向くと。ちょうどのタイミングで、ルカとイリアが姿を現した。
「あ、レツ。下でアンジュが呼んでたよ?」
「え、ホントに?ありがとルカ、助かったよ」
カノンノに一言告げて、下に降りようとしたけれど。ハタと立ち止まり、ルカの顔をジッと見つめた。
「え?え、ぇと…、何か付いてる…?」
ルカはしどろもどろになっているけど、それは気にしないことにして。同じくらいの高さにある目元に、ソッと手を持っていった。それを見たイリアが、ウゲッと顔をひきつらせる。
「ルカ…………泣いた?」
瞬間逃げて行こうとするイリアをひっつかまえ、にっこり笑う。ルカはどうしてバレたのかとでも言いたそうに、顔を真っ赤にしていて。対するイリアは、顔が真っ青だった。
「イ、リ、ア、ちゃん?」
「あ、あーらレツさん、何か御用でございますかしら?ワタクシちょっと急用が…」
「なーにルカ泣かしてんの!好きな人には優しくしなきゃって、私何度も」
「いぃやあぁぁぁ!バカ、バカバカレツ!!アンタ何言ってんのよ意味分かんない!!」
どうやらイリアは、またルカをいじめていたようで。あまりにも酷いから、ついつい口を出してしまうのだ。…何が酷いかと言うと、もちろん恋の進度というヤツでして。明らかに両想いな2人なのに、じれったくて仕方がない。
私の言葉を、顔を真っ赤にしながら遮るイリア。聞き取れなかったのか横で不思議そうにしているルカを、カノンノが私たちから遠ざけてくれる。
「何回も言ってるじゃない!好きな人には態度で示す。イリアは可愛いんだから、そんな照れ隠しはもったいないよ」
「ううう、うっさいわね!アンタみたいな女好きに褒められたって、嬉しくもなんともないわよ!てかほっときなさいよ!!まず!!」
ドスドスと足を踏み鳴らしていても、やっぱり顔は林檎色。そんなイリアが可愛くて、そして勿論ルカも可愛くて。こんな可愛い2人を、応援せずにはいられない。
「ほら、自信持って。好き好きオーラを全身から…こう、ブワーッと」
「サムいわよ!……それに、態度で示そうとしたらこーなる、っていうか…」
最後の方は、消えてしまいそうなほど小さくて。でも、無駄に視力も聴力もいい私には、小声なんて無意味だった。
「愛ゆえの行動、か…。うん、愛の形は人それぞれだし……そういう相性なのかも?」
「は?ちょっと、何勘違いしてんのよ。そもそもあたしとルカは…」
ああ、納得した。それならしょうがないよね。心配しなくてもよかったんだ。1人スッキリした表情で、ルカの元へ行く。
「ルカ。辛いこともあるかもしれないけど……コレは、イリアの愛の形だから。彼女の愛を、頑張って受け止めてあげてね?」
「えぇえ!?」
「〜〜〜ッ、さっさとアンジュんトコ行きなさい、この阿呆レツ!!」
真剣にルカに伝えると、イリアに階段から突き落とされた。ちぇ、落ち方ミスで首が痛いや。でもま、あのルカの悲鳴が、2人の幸せに繋がればいいなと願いつつ。
「あら。遅かったね、レツ。階段はゆっくり降りないと、船長に怒られるわよ?」
とりあえず、アンジュ姉さんの仕事を聞くことにします。
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