創造への軌跡book

□一寸の虫、侮る事無かれ
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「ヒール!」



……………。

…………………………。



『何も起きないけど』

「やっぱ無理だってキールー。諦めて前線行っていいー?」



本日何度目かわからない、ヒールの掛け声。本来回復術であるはずなのに、私にかかればただの一単語にしかならない。

宝石がはめ込まれたブレスレットがむなしく輝き、これもまた何度目かわからないキールのため息が響く。チラリと前を見ると、スパーダとティトレイが楽しそうに(今の私にはそう見える)暴れていた。



「だから何度も言っているだろう!宝石を媒介として繊細なマナの流れを正確に感じとり誘導し対象者の周囲のマナ濃度を微量ではあるが高めたその状況下で対象者の血流の循環に合わせて自己治癒能力を促すよう構成した術を施すんだ!」

「意味わかんないって!」



キールがノンブレスで説明してくれるけど、全くと言っていいほどわからない。“どこがわからないかもわからない”という最悪の状態だ。それよりまず“術”の何たるかもわからない私に、その説明は酷いと思うんだけど。

このブレスレットもキールがくれたんだけど、今の所一度もお世話になっていない。だって、まず“媒介として”の意味すらわからないから。どうやって使うんだろう。



「おーい!いい加減出来るようになったかーぁ!?コッチはそろそろ限界…ぅおッ、と、」

「虎牙連斬ッ!…おいレツ!ちんたらやってねぇでとっととしやがれ!!」

「うっさい変態!出来たら苦労しないよこのスケベ!」

「あァ!?テメェ喧嘩売ってんなら買うぞゴラァ!!」



前衛2人はそろそろ苦しいようで、軽口を叩いているが所々動きが怪しくて。目立った外傷はないけれど、代わりに滝のような汗が吹き出ていた。どうして砂漠を訓練場所に選んだのか、今更ながら疑問に思う。

私は回復術が出来ないから、キールの方をジトリと見つめる。キールは自分で回復するかどうか悩み、私にあと一回挑戦してみろと言った。でも私はすでに諦めが入っていて、適当に「ヒール」と叫んでおいてキールに回復して貰えばいいや、なんて考える。

そうして、口を開こうとした時。



―――ふわり。



スパーダとティトレイの周囲が輝く。これは、そう。回復術が発動した時に見られるマナの輝きだ。



「え?キール、回復術かけた?」



キールの方を見る。言っておくけれど、私は術を使っていない。何も詠唱してないし、それよりやる気もなかったし。

私の言葉を聞いたキールは、不思議そうな顔をした。「お前の術が成功したんじゃないのか?」なんて真面目に言う。けれども確かに術は発動していて、呑気にもティトレイがお礼を言いながら走り出した。

嬉しそうな前衛2人と、キョトンとした後衛2人。そして、そのどちらでもない者がいることに気付いた。





『あれ、できた』

「……ってことは、G?」

『うん、たぶん』



あまりにもサラリと言うものだから、一瞬状況が飲み込めなかった。さっきの回復術を使ったのはG。Gが術を使った?



「……おわー、思わぬライバル登場って感じ。既に負けたけど。それよりG、あのキールの説明でよくわかったね?」

『勝手にレツの宝石使ってね。偶然かもしれないけど』



なんだか複雑だ。同じ説明を受けてこうもアッサリ成功させるなんて。

私たちの会話……キールにとっては私の独り言に聞こえるらしい会話を聞いていたキールが、信じられないような顔で話しかけてきた。



「おいレツ、その虫が術を使ったというのは本当か?本当にお前の術じゃなかったのか?」

「うん、そうらしい。私の宝石使ったって言ってたよ?……そうだ、G。偶然かどうか確かめるために、キールに術かけてみてよ」

『了解』



Gは私の頭へと飛び乗り、まっすぐキールの方を向く。その様子を見たキールも半信半疑ながら、Gをじっと見つめていた。

私は少しだけブレスレットを持ち上げ、宝石を見る。すると、石の奥で何かが光った気がした。



『ヒール』



ふわり。

また、さっきと同じ輝き。それは今度はキールを包み込み、こちらもやはり滝のような汗が出ていた表情が和らぐ。汗1つ見当たらない長い髪の少年は、驚きを隠せないようだった。



「驚いたな…。確かに、間違いなさそうだ」

「私も驚いたよ。意外とアッサリ受け入れるんだね?」

「ふん、ボクは自分の目で見たものしか信じない。さっきは確かに、コイツの周囲で術式が展開されていたからな」



キールの瞳はいかにも興味津々といった様子でGを見つめている。そして何やら、また暗号のような説明を始めた。……今度は攻撃術だろうか?

一通り説明し終わり、試してみろ、と言う。その視線は明らかにGしか見ていなくて、なんだか完璧に負けた気分だった。

しばらくの間。そして。



『…えっと、サイクロン?』



語尾に?マークのついた、なんとも頼りない掛け声。しかしそれを合図に、敵の周囲に巨大な竜巻が展開される。魔物たちの必死の抵抗もむなしく、それらは例外なく大空へと舞い上がった。………“例外なく”?



「ティトレイ!スパーダ!」



魔物の近くには当然前衛がいる筈である。Gの大技にポカンとしている場合じゃない。


(術は味方を巻き込んでしまう可能性がある。熟練者ならば問題ないのだが…)

以前そう言ったのは誰だったか。


私とキールは慌てて駆け寄り、2人の名前を呼んだ。しかし、立ち上る砂埃のせいで視界が悪く、とてもじゃないが近寄れない。手遅れになるとわかっていながらも術が消えるのを待つしかなかった。


ゴゴゴ…


ゆっくりと砂埃が収まっていく。それまでの時間は気味が悪いくらい長く感じた。



「2人とも、無事!?」



まだ完全に視界が開けていない中、もどかしさから大声をあげる。その間にも竜巻に打ち上げられた魔物たちがボトボトと落ちてきて、嫌な予感は加速して。



視界の端に、緑の物体が2つ。

グシャリと音を立てて落ちた。



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