銀魂のお部屋

□それでも笑っていて
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「・・・・・・はぁ」

朝の電車というのは、大変ひどく込み合う。
駆け込み乗車の常習犯である俺は、車両に敷きつめられた人間の海に辟易とした。
おしくらまんじゅう、なんて年じゃねェんだけどな・・・。

「そこの君!乗るなら早くしなさい」

駅員の男に急かされ、ざっと辺りを見回す。
そして舌打ちしながら、男衆で溢れかえる車両に身体を滑り込ませた。
華奢でよかったと思うときは、こんな朝だけだな。
自動ドアが忙しなく閉められる音ともに、俺の口から憂鬱のため息が溢れた。
最近この時間帯に、高校生を狙った痴漢が多発しているらしい。
そのせいで前半分の車両は女が、後ろ半分が男車両なんていう暗黙のルールができやがった。
すうっと息を吸い込めば、汗っぽい男の匂いに軽い吐き気がした。
・・・気持ち悪い、特に後ろの豚男。

「すぅぅー・・・はぁあぁ・・・・・・」

耳をすませれば、電車の音に混じって微かに男の鼻息が聞こえてきた。
焦って乗り込んだため、俺の背中は汗で微妙に濡れていた。
そのせいか野郎の吐息が背筋を這っているようで、心底気持ちが悪い。
振り返って文句の一つでも言おうと、首を捻ろうとした矢先、

「っんぁ・・・!?」

ゾクゾクゾク・・・っと、得体の知れないおぞましさが猛スピードで背筋を駆け抜けた。
心臓が不自然なほどに、強く鼓動を刻む。
今、俺の胸に・・・っ。
おそるおそる、自分の胸元に視線を落とす。
そうすれば背後で、下卑た男の声音が俺の右耳を蹂躙した。

「・・・君、乳首感じるんだぁ・・・?」

「なっ・・・ゃ、何して・・・っぁ」

肥えて太った指先が、制服の上から俺の胸を撫でる。
訳が分からない、訳が分からない、訳が分からない・・・!!!
混乱している俺を尻目に、緩み醜悪な奴の腹が俺の身体に思いきり圧力をかける。
相当デカイ体躯らしく、俺は扉に額をつけひどい圧迫感に耐え続けた。
何なんだこの状況、まさか・・・ホモの痴漢・・・!?
クソ・・・っ、男車両なんざこのデブにとっては好都合ってわけか。
俺は口元に手を当てながら、デブ男の執拗な胸への愛撫に震えていた。

「・・・っふ、・・・んく」

「・・・あ、尖ってきたねぇ・・・?気持ちいいんだぁぁ・・・」

男の荒い息遣いが、耳に吹きかかり背筋が凍る。
生温い空気と粘着質な奴の口内の音が、俺の耳から全身を火照らせていく。
そしてその状態のまま、誰にも気づかれないような声音で陰湿に言葉で責められた。
俺はそのたびに緩く頭を振って、必死に男の痴漢に抵抗を試みる。
しかしそんな俺の拒否反応は、男の欲望をさらに煽ってしまったようだった。
・・・ていうかそもそも、何で俺・・・胸で感じてるんだ・・・・・・?
嫌悪感と拒絶しか脳裏になかった俺は、初めて気づいたその事実に驚愕する。
しかし一度意識してしまえば、もうこの快楽に逆らうことはできない。

「あっ・・・ゃ、め・・・んぅっ」

男の厭らしい手つきが、己に燻る劣情を勢いよく掻きたてる。
男にいいように嬲られて、しかも胸で感じるなんて・・・信じられねェ。
卑劣な痴漢に遭ってるのにはずなのに、その行為に溺れて甘い吐息を零している自分の浅ましさ。
指先から声が漏れることにさえ、ひどく興奮してしまう。
男は俺の変貌した態度を、敏感に感じ取ったらしい。
男の不細工な指が、期待に膨れ上がった俺の自身に伸ばされかけたその瞬間―――

「・・・っん、あぅ・・・!?」

半自動だったドアが唐突に開かれ、俺の衰弱した身体が誰かの胸に抱かれる。
その瞬間やっと普通の呼吸が許され、久々の酸素にひどい頭痛と目眩がした。
俺は無心のまま、ただひらすらに冷たい空気を吸い込んでは吐き出した。
いつどの駅に着いたか、自分が今どういう状況なのか理解できない。
ただ何故か濡れた視界に、もやのかかった白がちらついていた。

「・・・おっさん、絶対ェぶっ殺してやるから」

聞いたことのある声だったが、その男のこんなに低い声は聞いたことがない。
なんだよ、人違いなのか・・・。
相も変わらず、息苦しくてたまらない。
この歪んだ瞳で最後に見たのは、あの太った男が顔面を蒼白にしているところだった。

「・・・、んぅ」
小さく高杉の身体が身じろいで、小さな隻眼が緩やかに開閉された。
微睡みと共に目覚めた高杉は、ひどく疲弊しているようだった。
無理はさせない方がいいと思い、もう一度ベッドに横にならせようと近づくと、

「・・・・・・銀、時?」

か細い声で呟いた高杉の瞳から、ぽつりと涙が零れる。
俺が驚きに目を見開いている間にも、それは次々と溢れて真っ白なシーツに染みを作った。
高杉自身にも、何が起こっているか分からないらしい。
片方の目から滴り落ちる透明な液体を手に取り、ひどく困惑していた。
ああ、馬鹿だねお前は・・・。
そう告げるより早く、俺の腕は高杉の小さな身体を抱きしめていた。

「ぇ・・・っ、う、何で、お前・・・が」

「・・・何も、考えなくていい」

そっと、高杉の汗で濡れきった背中を撫でさする。
そのつど高杉の身体の冷たさが指先から伝わり、俺の心臓を抉りとっていくようだった。
俺の制服の肩口に、高杉の冷たい涙が染み渡る。
その涙の跡は、元々黒かった制服をさらに色濃く漆黒に染め上げていった。

「なぁ俺って・・・やっぱ、っふぇ、え・・・ッ」

「何も考えんなっ・・・いいから、泣いてろよ・・・」

俺の言葉を引き金とし、子供のようにしゃくり上げる高杉。
そりゃあ、男が痴漢被害なんてなかなか聞かねェよな。
それで感じ入っちまって、すっげェ自分が汚らわしく思えたんだよな。
高杉の頭を抱え直しながら、泣き濡れた表情を盗み見る。
それは何とも扇情的で、いっそ壊してしまいたいぐらいにぐっちゃぐちゃ。
高杉の冷たすぎる身体の中で、胸部だけ熱を持っているのが切なくて仕方なかった。

「・・・ひっ、ぅ・・・・・・」

あれから、何時間ほど経っただろうか。
高杉の涙も声も、大分落ち着きを見せ始めている。
全体的に体温も上昇してきているが、流石に濡れた服じゃあ限度が知れているだろう。
驚かせないようにそっと、高杉の顔をのぞき込む。
それでもやはり、少し怯えさせてしまったようだったけれど。

「・・・高杉、着替えようぜ」

高杉の桃色に腫れた目尻から、おさまったと思っていた涙がまた溢れかえった。
ぎょっと瞳を見張った俺を突き飛ばし、高杉は自分の肩を抱きしめ震えだす。
そうして小声で呟いた奴の言の葉に、俺の心が強く軋む音がした。

「・・・こんな、身体・・・誰にも見せられねェ・・・っ」

憤りながら放ったその声は、目眩がするぐらい悲痛で。
昨日までのふてぶてしい高杉はいなくて、ただただ今は痛々しいだけだった。
でも、やっぱお前って馬鹿だよね。
俺は抑揚もなく、高杉の言葉を自分のいいように付け加えた。

「誰にも見せんな、でも・・・俺にだけは」

「嫌だ・・・ッ!もうっ、こんなのおかしいだろうが!!」

「何がおかしいってんだよ!?何も変じゃねェよ馬鹿!!」

激しい男声の張り合い。
高杉の顔が悲痛に歪められ、不定期に隻眼から涙が溢れる。
その涙が、お前の身体が、俺はおかしいだなんて思わない。
強い意思をもった瞳で高杉を見つめれば、ゆっくりと肩からおろされる綺麗な細い指。
小さく揺れている高杉の指先が、自身の制服のボタンに触れた。
ぷつ、と柔らかな音をたてて、高杉が自らの服を脱ぎ捨てていく。
ああ、昨日の俺だったら大喜びではしゃいでいただろうに。

「・・・・・・っ、ほら」

ほんのりと恥ずかしげに制服を突き出す高杉は、どうしようもなく可愛くて仕方ないのに。
左腕一つじゃ隠せていない、その胸の痛々しい赤がどうしようもなく憎たらしい。
俺は差し出された制服を自分の脇に投げ置いて、すでに用意していた自分の服を渡した。
高杉が気絶していた時間は、約30分足らず。
それだけあれば、こいつに対する準備はいくらでも可能なのである。
愛って偉大、心の中で呟いた自分の言葉に苦笑する。

「・・・何笑ってんだ、気持ち悪ィ」

「んだとコラ?もういっぺん言ってみやがれ」

「キモイ」

「上等だァアっ!天パなめんなよ!?」

天パの話しじゃねェよ、そう言って笑う高杉。
あ・・・・・・・・
開いた口が塞がらない。
不思議そうに首を傾げた高杉に、どうしようもない愛しさが溢れる。

「お前、笑顔可愛いわ」

「・・・っ、はぁ?」

にへら、と馬鹿みたいに照れ笑いする。
そんな俺に同調して、高杉の頬がかぁっと瞬時に紅潮した。
耳まで赤く染め上げる高杉の頂き撫でれば、驚きに息をのむ初々しい彼の姿。
頼むから、そんな可愛い反応をしないでほしいねほんと。
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