銀魂のお部屋

□5月5日
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「副長、お誕生日おめでとうございます!」

朝早くから、地味な笑顔でそれを知らせてくれたのは山崎。
食堂の中だからか、それをきっかけに一斉に俺を祝う声が飛び交った。
ささやかな幸せを堪能する俺に、また僅かばかりの空虚感が込み上がる。

「副長っ!ほら、照れてないで受け取ってくださいよ」

「あ、あァ…ありがとよ」

だがそれを味わう間もなく、隊員達からなだれ込むようにプレゼントを渡される。
苦笑混じりにそれらを抱えて、多少落ち着いた所で…一つ。

「………はぁ」

小さなか細いため息は、騒音に紛れて空気中に溶けていく。
浮き足立つ山崎達を無理やり仕事に送り出せば、俺は荷物を抱えて自室へと足を運んだ。
先の食事には、ほとんど手をつけていない。
いつもかけているマヨネーズも、今日は忘れてきてしまった。
それもこれも、全部が全部彼奴のせい。

「はぁ………」

自室に戻っても、出てくるのはため息だけだった。
畳の上に多種多様のプレゼントを置き、座布団の上に腰掛ける。
すると一気に圧倒的なまでの脱力感が、弱った心身を満たし尽くした。
そんな不快な気分を紛らわすために、机の上に置いたままにしていた煙草に手を伸ばす。
そんな時でも、思い浮かぶのは彼奴の笑顔。
…ニコチンを、マヨネーズを摂取しても変わらない。
この心のわだかまりは、未だに消えることを知らない。

「…総悟」

呟いたその言葉は重く、空気と調和せずして畳に落ちた。
それからは口を開くのも億劫になり、ただ静かに目蓋を閉じるのみ。
途端に彼奴の顔が鮮明に駆け巡って、俺は逃げるように夢の世界へと意識をとばした。
…そう、全部彼奴のせいなんだ。



「…………はぁ」

これで、一体何度目だろうか。
上司のこんな様は、部下共にもひどく心配されるだろう。
ましてや、真選組一番隊隊長“沖田総悟”となれば尚更に。
それでも俺は、あくまで平然と振る舞った。
いつものように、飄々と…まるで何事もなかったかのように。
まぁ、それが出来てねェってんなら…情けねェったらありゃしねェけど。
まぁ…あの野郎は今日は非番だし、サボっててもバレやしねェだろ。
でも…それがほんと、ほんの少しだけ、…物足りなくて。
俺は重く、深いため息を吐いた。

「…俺が、悪かったってのかィ」

俯いて、一人自嘲してみる。
今日は、土方さんの誕生日。
それで俺だって、たまには何かしてやりたかった。
いつも、迷惑かけてばかりだから…柄にもなく労ってやろうかな、なんて。
肩叩き券一回分とか、真面目に働く券一時間分とか色々。
だから俺、一生懸命…プレゼント選んで、ちゃんと台詞も考えて練習して。
…なのに、なのに彼奴…っ
思い出すと瞳が震えてしまい、俺は慌てて頭を振った。

「………何でィ、何で…っ!」

声に出すと、もう本格的に堪えきれなくなる。
でも、こんな所で泣く訳にはいかねェんでィ…。
だって俺ァ真選組一番隊隊長で、他でもねェ沖田総悟なんだから。
俺は静かに公園のベンチから立ち上がり、その場を後にした。
ポケットには今も、小さな寂しい膨らみが残されている。



「………はぁ」

目が覚めても飽きることなく、唇から溢れでるのはため息。
眠ってからあまり時間が経っていないことを確認して、俺は大きく背伸びをした。
背中を占めていた不快感を掻きけすように、仰々しい骨の音が鳴った。
そして体を慣らすため立ち上がり、ふと襖の方を見やると。

「………そ、ご…?」

襖に仄暗く、総悟らしき人影が障子越しに見えた気がした。
思うより早く、俺の体は飛び上がりそちらへ駆けていく。
勢いよく戸を開けば、慌てたように逃げようとする愛しい恋人がいた。
あぁ、本当に…本当に総悟がいた。
俺は衝動的に、その細い手首を掴んで引き寄せ、腕の中に強く抱きとめた。
恋しかった奴の少し荒くなった息づかいが、熱く押し付けられた頬が…
全てが全て、愛しくて堪らなくなった。
そんな俺の忙しない抱擁の中で、総悟は怯えたように声を震わせて呟く。

「…な、何で…アンタっ…!」

掠れたような、小刻みに震えた愛してやまない総悟の声。
腕に込めた力を少しだけ緩めて、中の恋人の顔を覗き込む。
すると案の定、総悟は涙を堪えて唇をかんでいた。
俺はその小さな頭を、緩やかな動作で撫でつけてやる。
そうすれば瞬時に赤くなった奴の耳元で、静かに謝罪の言葉を紡いだ。

「…総悟、ごめんな」

「…、…ぅっく、ぇッ…う」

俺の言葉が空気と溶けて、総悟の胸の内で溢れて流れた。
そうすれば総悟は、枷をなくした子供のように声をあげる。
泣いて泣いて、時折咳き込んでまた泣いて…。
そんな総悟が傍にいることが嬉しくて、俺はただただ優しく華奢なその体躯を抱きしめた。
一週間の苦しみを、今日一日で満たすことのできるように。
やがて、泣き疲れたのか…総悟の声が小さくなっていく。
あやすように背中を叩いてやれば、総悟から囁くように小さく言葉が放たれた。

「…、避けてた…って思ってるんでしょう…?」

少し掠れた、けれど静かに凛としたいつもの総悟の音。
しかもそれが、あまりに的を射ているために、俺は少しばかり躊躇した
しかし、それは認めることにする。
何故なら、そこに間違いはないはずだから。
ここ一週間、俺は本当に総悟に避けられていたのだから。
話しかけても上の空で、用を尋ねれば身を翻して街へ繰り出す。
それが嫌で、寂しくて…今思えば餓鬼同然の行為をした。
所謂…無視や、シカト。
総悟はそんな俺を見透かしたように、あまりに優しく微笑んだ。

「…それは、違うんでさァ」

総悟の柔らかな頬に、微量ながらの朱が差し込む。
はにかむように笑う総悟に、俺の鼓動は速度を増していった。
総悟の潤んだ瞳が柔らかく弧を描き、濡れた可愛らしい唇が緩やかに開閉する。

「…っ土方さん、お誕生日…おめでとうごぜェやす…//」

「………、あ…」

そう囁いて、総悟が自身のポケットを漁れば…淡く柔らかな色合いの小箱が顔を出す。
…覚えてて、くれたのか。
仮にもし覚えていたとしても、こんな気の利いたことをしてくれるとは思ってもみなかった。
唖然となる俺を見て、総悟は眉を寄せて頬に空気を溜め込む。
余談だが…子供らしいそいつの動作が、堪らなく可愛かったりした。

「…いらねェってんなら、い

「っいやいやいやいや!あ、ありがとうございますゥウ!!」

総悟は持っている貴重な品を、また暗い袋の中へ押し込もうと、手を引こうとした。
俺は慌ててそれを止めるべく、総悟の滑らかな手を掴む。
そして綺麗に包装されたそれを抜き取り、自分の手のひらにおさめる。
そうすれば、現実的な重みに頬が緩むのを感じた。

「…は、早く開けなせェよ…っ///」

耳まで完全に赤くして、総悟は中身を見るように急かす。
何だか、今までの虚しさや寂しさが嘘みたいで…。
俺は微笑みながら、静かにその格別の幸せを開いた。
この一週間に何があったかなんて、もうどうでもよくなる。
そう思えるほど、俺は今幸福を痛感していた。
ただ今コイツがここにいることが、嬉しくて楽しくて…
鬼の副長は、案外単純なんだ…男だからな。
総悟がいれば、誕生日なんかいらねェな…。
マヨも煙草も、出来る限り我慢して見せるから。
開いた柔らかな小箱から、微かな光が俺に微笑みを見せる。
俺がつられて笑い返せば、眩ゆい笑顔の総悟が、相も変わらずそこにいた。





……ほんとにお粗末様でした!

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