Novel

□手錠の記憶
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彼女があの時…
本当にほんの一瞬
悲しい顔をした


――そんな気がして…














「高木さん、後は俺がやっときますよ。資料たまってるんでしょ?」
「あ、あぁ。悪いな。」

取り調べ室をあとにした俺は、一課に戻った。
今さっき、近くで強盗事件が発生した関係で、ほとんどの刑事は出払っていた。比較的静かになった空間に、資料に目を通す彼女の姿があった。

「それ、この前の?」
「高木君。そう、もう何回見たか。それよりあなた、取り調べじゃなかった?」「僕が資料たまってることを知ってて、千葉が替わってくれたんです」
「コラ!さっさと片付けちゃいなさいよ」
「あはは…すいません」
「手伝うから」
「え…?」
「私もこれ、資料室に戻しにいかなきゃだし…」

立ち上がった彼女は、机で資料をトントン、と整え、俺の方に向き直った。
「あ、ありがとうございます!」
「可愛い後輩の為よ、仕方ないわ。ほら、デスクから資料持ってきなさいよ。」






―資料室――

「あと半分だ…。佐藤さん、もう一人で大丈夫ですよ。遅くまですいません。」「そう?じゃあ…」
「高木さん」

声のした方を向くと、千葉がドアから顔だけ出していた。
「取り調べ、終わりましたよ。」
「ありがとな、千葉」
「今度飯奢ってくださいよー。佐藤さん、お疲れ様です。」
「お疲れ様。」

千葉が閉めたドアを見たまま、彼女は続けた。
「私も高木君に奢ってもらわなきゃ」
「もちろんです!」
「冗談よ…?」
微笑みながら言う彼女は、どこか寂しげで。
「……あの、佐藤さん」
「ん?」
「お父さんの手錠、今も持ってます?」
「えぇ。ちゃんといつも持ち歩いてるわ」

内ポケットからその手錠を取り出し、彼女は大切そうに見つめた。


いつも持ち歩いている、その大切な手錠を。あの時彼女は俺に手渡した…
大切な大切な、お父さんの形見を。


「覚えてる?高木君が倉庫に閉じ込められちゃった時。」
「えぇ、今その手錠を見た時。見なくても覚えてますよ。佐藤さんが僕に貸してくれましたよね」
「そうそう」
「佐藤さんも、そんなに大切な手錠を僕なんかに貸してくれて…。心配じゃなかったんですか?なくさないか、とか」

彼女は壁に寄りかかって、優しく語り掛けた。
「父が事故に遇った日、占いを見て、家を出る時に言ってたのよ。『つきまくってるそうだ。』って。しかも手錠を忘れて行ってたの」
「…あの時…」
「そう。高木君があの日の父と似過ぎてて…」
「……」
俯き気味に話す彼女の声が途切れた。
瞬間、彼女の目から一筋の雫が落ちた。

「あーもう!何で…」

彼女は薄暗い部屋の天井を見上げる。

「すいません…」
「……ううん…」
しゃがみこんで
首を振る彼女に。
俺はただ隣にいることしか出来なかった。
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