オリジナル

□walk for a long time
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7時52分発上りの電車、2両目。進行方向に向かって右側の出入り口付近。

蒼星学園高校2年B組18番な俺、津田聖は乗り込んだ電車のいつもの場所へと歩く。

そこに座って窓の外を見ていたサラリーマンが、ふと俺を見て控えめに手を振った。

「おはよう、聖くん」

目の前に移動した俺に朝のあいさつをしてくれた。

「おはようございます、祟継さん・・・」

ちょっと照れくさくって語尾が小さくなった。

そのサラリーマン――吉見祟継さんはくすっと笑って横の空席を指した。
座って、の意味だ。俺は背負っていたカバンを下ろして、祟継さんの横に座った。

俺が降りるのは4つ先の駅。だいたい20分くらいかかる。

「・・・祟継さん、今日も遅くなりそう?」

祟継さんの勤めている会社は俺が降りる次の駅から直ぐの所にあって、仕事が速く終われば帰りも同じ電車に乗ることが出来る。

「うーん・・・今日は定時には帰れそうだよ。・・・待っててくれるの?」

ちょっと嬉しそうに首を傾げながら、祟継さんは俺に聞いた。

「もちろんっ!・・・6時58分の電車だよね」

それは俺が乗る場所での出発時間だけど、祟継さんはそんな事分かってる。
今週はずっと忙しそうで一緒に帰れなかったから、嬉しくて声が弾む。

何で電車の中で話してる祟継さんと一緒に帰れるのが嬉しいかって?
まぁ、サラリーマンと高校生何て本当に接点なんてないけど・・・俺はこの人と付き合ってるんだ。

いわゆる、恋人ってやつ。その辺は話せば長くなるから置いといて。
とにかく祟継さんは俺の恋人なんだ。
付き合いだして1年半経つか経たないかくらい、かな。



「今はまだお昼は暖かいけど、夜は冷えるから気を付けてね」

夏から秋に替わるこの季節の気温は本当に気まぐれで。
うっかりしていると風邪を引いてしまいそうだ。

「うん、分かってる。気をつけるよ・・・」

祟継さんを待つのはどうしても駅のホームになっちゃうから、ホントは寒いんだけど。
電車が来るのが待ち遠しくて、いつもそんな事も忘れてしまうのは俺。
祟継さん、俺の行動を分かって言ってるんだよね。
たぶん、言っても直らないって事もわかってるんだろうけど。



各駅停車なこの電車は2つ目の駅を過ぎた。
通勤ラッシュのこの時間、周りは人だらけ。
祟継さんが席を空けてくれなければ、俺も今頃は人に押し潰されていただろう。

こんな時ばかりではないが、154センチという自分の平均以下の身長が憎い。
思春期だというのに、ここ1年で1センチ伸びたか分からないくらいなのだから困ったものだ。

そんな俺に比べて祟継さんの身長は高い。
確か前に聞いた限りでは178センチだったはずだ。
・・・俺とは20センチ以上の差があったりするもんだから、並んだらそれはそれで凄い事になるんだよな。



って、そんな事を考えながら他愛のない話をしてたら俺が降りる駅のアナウンスがかかった。
あぁもう、何やってんだ俺は。
今日は祟継さんに話そうと思ってたことがあったってのに・・・時間はもうないじゃないか。

「・・・聖くん、どうかした?」

停車するための減速に入った電車に体が揺れる。
人混みは相変わらずで、降りるにはそろそろ出口に向かわなくてならない。

「祟継さんに言おうと思ってた事があったんだけど、後で言うね」

俺はそう告げると立ち上がってカバンを背負った。

「随分と気になる事を言うね・・・まぁ、帰りにじっくり聞かせて貰うから」

笑顔で言われてちょっと照れる。どうも俺は祟継さんの笑顔に弱いらしい。

「行ってらっしゃい」

これでもかってくらいの笑顔で言ってくれて、俺はもういっぱいいっぱい。
顔が熱いのは気のせいじゃないと思う。

「行ってきます・・・祟継さんも、お仕事頑張ってね」

頑張ってそれだけ言うと、完全に停車したらしい電車の扉が開いた。
俺は祟継さんに向かって手を振りながら、電車を降りた。
ここから学校までは歩いて10分もかからない、一人だけの通学時間。


改札を通って学校のある北口に向かいながら、俺は小さなオーディオプレーヤーを取り出した。
イヤホンを耳につけて、再生ボタンを押す。

流れてきた音は、有名なアーティストのものでもなければ、プロのものでもない。
俺の所属する軽音部で作曲を担当してるキーボードの子が一昨日仕上げてきたばかりの新曲だ。

それでもちょっと不思議な感じがするのは多分、俺たちにしては珍しく大人しめの曲だからだろうか。
先に出来ていた歌詞を思い出しながら、小さく口ずさむ。
ちょっとしたラブソングみたいなその歌詞は俺が書いたものだったりする。


学校に着くまで俺はその曲をリピート再生して、聴き続けた。
この曲は、ありのままの俺自身だから。


一番きいて欲しいのは、俺の一番大切な人。




帰りの電車が、既に待ち遠しかった。


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