涼宮ハルヒの憂鬱

□『涼宮ハルヒの消失Another'Enter'』
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YUKI.N〉このプログラムが起動するのは一度きりである。実行ののち、消去される。非実行が選択された場合は起動せずに消去される。Ready?_









…今も尚、パソコンのディスプレイ画面には長門のメッセージが表示されている。
エンターキーを押せば、元の世界に戻れると丁寧に説明してある。
押せば、宇宙人や未来人、超能力者など存在しない世界から、元の非日常の世界に戻れる。
押せば…元のSOS団のメンバーに会える…。

押せば…











なのに…









「くそっ…」


伸ばそうとした指を、俺は止めてしまった。









━━止めてしまった?









ちょっと待て。俺は超常識的な普通のこの世界を望んでいたのか?
…非常識な奴等がどんちゃん騒ぎするような世界を望んでいたんじゃなかったのか?



決心が一度揺らぐと、中々踏ん切りがつかなくなるのは本当のようだな。
自分自身を嘲笑してやり、改めて考えた。








「………」

その時、宇宙人制のアンドロイドなんかじゃない、ただの無口で読書好きな眼鏡少女を視界に捕らえた。

表情は困惑。
無論、無表情ではない。





「くっそ…!」









ダメだ。









伸ばした手は、エンターキーを押すのを躊躇う。



おい、待てよ。
訊けよな、俺。
そうだ、お前だ。

…お前は、元の世界に戻りたかったんじゃなかったのか?

…だから、必死こいて手掛かりを探していたんじゃなかったのか?



なぜ、ここで躊躇う必要がある?
なぜ、エンターキーを押さない?

折角、答えを見つけたのに…



自分で自分を問い詰めても、答えは簡単に返ってなどこなかった。









━━なぜ?









「ちょっとジョン!」

耳元でハルヒが叫んだ。
不意を突かれたのは言うまでもない。
俺はキーンと鳴る耳を反射的に塞いだ。
鼓膜を破る気か、お前は!

「な、何だよ!?」

「それはこっちの台詞よ! 一体全体何なの!? そのパソコンの画面は何? 説明してよ!」

矢継ぎ早に質問を浴びせかけるハルヒを、俺は制した。

「ちょっと黙っててくれ」

「…な!?」

ハルヒは眉と目を瞬時に釣り上げ、口をわなわなさせた。
ヤバい。

「すまない」

取っ組み合いだけは勘弁だ。すぐに俺は謝った。

すると、俺の切羽詰まった表情を見て取ったかハルヒは大きく息を吐き出し

「…ちゃんと説明してよ」

…仕方がないな。

俺は素直に説明した。これは元の世界の宇宙人である長門が打ったメッセージだと…

するとハルヒは、再びパソコンのディスプレイ画面を覗いた。

俺は再び考え込む。






元に戻れば、ビミョーに非日常的な世界で割と結構楽しい生活が送れる。



それに、さっきまで俺は戻りたがっていたはずだぞ。



俺は…時々変なことに巻き込まれるような元の世界を望んでいたはずだ…。










そうだよな?
















なのに…










…その時俺の脳裏に浮かんだのは、今も困惑の表情でいる眼鏡を付けた長門の、あの微笑だった。



エンターキーを押してしまったら、もう見ることが出来ないであろうあいつの表情…。

未練が激しく俺を取り巻く。







「…ふうん。やっぱりあの話は全部本当なのね。急に電源が入ったし、おかしなことだらけだもんね。完全に信用しきったわ」

それを聞き、古泉もパソコンに近付いてくる。
ハルヒは続けた。

「そうか…。これが元の世界の長門さんからのメッセージなのね…! 最高におもしろいわ!!」

目を爛々と輝かせたハルヒが、徐々に理解の色を深めていく。
…するとしばらくしてハルヒは、ディスプレイ画面から俺に顔を向き直した。



「…んで、押さないの? 脱出ってことは、戻れるんでしょ?」

黙読を終えたであろうハルヒが聞いてくる。
やっと理解したようだな。








だが…























長門……















すまねえ…
















折角元の世界に戻るチャンスをくれたのに…















俺は…























「ああ。……押さない」


















あの微笑をまた見たい。

そう願った俺がいた。
















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