小説《カコベヤ》
□憧憬・1
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《憧憬・1》
昨日、彼氏と喧嘩した。
きっかけはすごく些細かもしれない。
でも、今はまだアイツの顔を見たくない。
校舎の中にいると、いつばったり会って、イライラが再発するか分からないから、お弁当を持って森の広場に来てみた。
たまには一人でお昼も悪くないよね。
ベンチはどこも満員。でも日差しが強いくらいだから、木陰でもいいかもしれない。
適当によさげな場所を見つけて座り込み、お弁当を食べる。
少し太めの幹は、背中をあずけるのにはちょうどよかった。
風が気持ち良くって目を閉じる。
本当気持ちいい。
「だからなんで不機嫌なのよ?」
不意に聞こえた声に、目を開けた。
首を巡らせて声の方向を探る。
隣のクラスの天羽さんと、あれは音楽科の月森君だ。
音楽科との接点はなかなかないけれど、月森君はコンクール参加者で、加えてあの容姿、今では普通科の女の子なら誰でも知ってる。
なんか意外な組み合わせ。
「別に、不機嫌なんかじゃない」
「その仏頂面のどこか不機嫌じゃないって言うのさ」
「…金澤先生に頼まれて普通科まで書類を届けさせられたのが面倒だっただけだ」
「香穂が、私達を見たとたんに不機嫌な顔になったって言ってたよ?」
月森君はばつが悪そうに、天羽さんから視線を逸らす。
それは、ちょうど私のいるほうに顔を向けるような感じで、私は少し身を引いた。
聞いちゃいけないって分かってるけど、つい息をひそめて聞き耳を立ててしまう。
「土浦君達と話してただけだけど、別に月森君の悪口言ってたわけじゃないんだよ?」
「当たり前だ!!」
月森君が呆れたように言い返す。
「じゃあ、なんなのさ」
て言うか、それってさ。
もしかして…嫉妬なんじゃない?
え? でも、ちょっと待って。え!?
月森君と天羽さんってそうなの!!?
それって物凄く意外な組み合わせなんだけど!?
天羽さんがいつも言ってる、スクープそのものじゃないの!!
「別に」
あくまで何もないと言い張る月森君。
うわあ、あの人、普段はこんなカンジなんだ。コンクールでの、クールビューティー的な様子しか見たことなかったから、すごく意外。
だって、なんか、拗ねてない?
「分かった、そこまで言うなら信じてあげる」
天羽さんは腰に手をあてて、月森君の顔を覗き込んだ。
「そうしてくれ」
子供が拗ねてるようにしか、見えない。
「じゃあさ、今後頼まれ仕事くらいで不機嫌にならないでよね」
「……ああ」
うわあ、天羽さんて鈍感?
月森君、妬いてるだけだって。
今、この状況を見ただけの私でも分かるって。
「じゃあ、今後そのようなことがないように喝を入れてあげましょう。ほら、目、閉じて」
渋々と月森君は目を閉じる。
すると、天羽さんはそれまでの表現から一変、呆れたように笑った。
けれどその微笑は優しくて。
ああ、この二人、だから上手くやっていけるんだ。すとんと納得した。
天羽さんは微笑みながら月森君に近づくと、少し背伸びして月森君の頬にキスをした。
「なっ、菜美…っ」
月森君はおもいっきり目を開いた。動揺しまくってるのがよくわかる。
「あはは〜、大丈夫、誰も見てないって」
ゴメン、私見ちゃった。
報道部の中でも好奇心旺盛で姐御肌で、さっぱりした性格の天羽さんは案外人気がある。そんな彼女が選んだのは音楽科のクールな王子様。
意外だと思ったけど、実はそうじゃないのかも。
月森君て、天羽さんの前でだけはあんな表情ができるんだろうな。
月森君をからかいながら立ち去るふたり。
なんだかすごく羨ましくて。
私は携帯をポケットから引っ張り出すと、アイツの番号を押していた。
END
2008.4.20 野宮 拝