小説《カコベヤ》

□Shall we dance?
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 《Shall we dance?》

「私? 今日はバッチリ皆を撮るわよ」

会場の人気のない一角で声をかけた天羽は、いつにない上機嫌で答えた。
その様子は水を得た魚のようだ。

「ダンスパーティーなんて、報道部にとってはサイコーのネタだしね」
「…踊らないのか」
「うん。ドレスもないしね」

絶好の機会に恵まれて、嬉しそうに話す彼女に少し苛立った。

「あ、もしかして」

何か思いついたように、天羽は小さく叫ぶ。

何に気づいたのだろう。
心臓が一つ跳ねた。

「月森君、踊れないんでしょう?」

その答えにほっとした。

「大丈夫、大丈夫。簡単だよ。いい?」

言いながら、天羽は俺の手をとった。
さっきよりも大きく心臓が跳ねる。

「ダンスの練習の取材してるうちにね、大体覚えたんだ」

右手はここで、左はこっち。
なんでもないかのように、言いながらどんどん形を作っていく。
当たりまえだが体がかなり密着していて、心臓の音が早くなる。なのに彼女はお構いなしだ。

「これで、あとは音楽に合わせて踊るのよ」

いつもとは違う、至近距離、自分の胸のあたりで聞こえる天羽の声。

「こう…か」

楽しげな彼女の声につられて、ステップを踏む。

「そうそう! 上手いよ、月森君。なんだ、いい感じじゃない」

見上げた彼女と、まともに目が合った。

「あはは、楽しいね」
「そうだな」

天羽に『もしかして』と言われた時に、狼狽えた理由が分かって、苦笑する。

「どうかした?」
「いや、なんでもない」

くるくる回りながら天羽は楽しそうに笑っている。

「うん、これだけ踊れたら大丈夫。っていうか、月森君凄く上手いじゃない」

踊れない、とは言っていない。
勝手に勘違いされて、黙っていた。
そう、したかったから。

「おっと。そろそろいかないと。じゃあね、月森君。ダンスの申し込み多そうだからね、健闘を祈る!」

そう言って、右手で敬礼をすると、あわただしく去って行った。


──ただ君と踊りたかった。

いつか君に伝えられたら、君は笑ってくれるだろうか。


END


◆◆◆◆◆

2007年8月から結構長い間置いてあった拍手SSです。
天羽ちゃんも踊ってたらいいのに、と思ってたんですよね。
でも、引く手あまたになっちゃって、月森は拗ねるんですよ、きっと(妄想)。



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