小説《カコベヤ》
□淡い
1ページ/1ページ
久しぶりに、森の広場に足を向けた。
けれど、人の多い広場にいる気にはなれず、広場を抜けて木々の生い茂る森に入る。
背の低い木の間に何か動くものを見つけて、月森は足を止めた。
「ちょっとだから、おとなしくしててよ…」
しゃがみこんだ低い姿勢で、背中を向けてはいるものの、あのウェーブのかかった明るい色の髪には見覚えがある。
天羽…?
すると何度か、シャッターを切る音がした。
「あっ!」
声がして、同時に白っぽい小さな影が走り去る。
「あ〜あ、行っちゃった。動く被写体はやっぱり難しいなあ」
影の消えた方を見つめて、彼女はくすりと笑った。
「まだまだ修業が足りないなあ」
よーし、頑張るぞー!
左手を腰に当てて右手の一眼レフを高く掲げる。
そうして、月森がいたのとは反対の方向に姿を消した。
別に隠れる必要はなかったのだが、何となく自分が見ていることを知られたくなかった。
――もう少し、見ていたかった。
目指すもののために、努力をしているのは自分一人ではない。
「まだまだ修業が足りない、か」
その言葉が心地よく響いた。
その言葉を口にしたのが彼女で嬉しかった。
そう思った自分の気持ちの微妙な変化に、まだ月森は気付いていない。
END
2007.4.20 野宮 拝
.