□thanks
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銀時が再びお妙の家に担ぎ込まれたのは、昨日の事だった。
三日間の放浪の後、新八と神楽の待つ万事屋へ戻った晩に高熱を出した。
聞けば山の中でウロウロしていたと言うのだから、当然の報いだとお妙は思う。
――呆れた人。
そう思いながら夜を徹して看病した。
その甲斐あって、今朝方には熱は下がり、食事も喉を通るようになった。
腹の立つことに、お妙の作った物には手を付けようとはしないが。
新八が朝出して行った膳を取りに部屋へ入ると、銀時は背を向けて眠り込んでいた。
音を立てないよう、静かに近づき傍らに座り、銀時の額に手を当てて熱を確かめた。
――熱は無いようね。
上がりはしないかと心配していたが、この分なら大丈夫だろう。
安心したと同時に、銀時への怒りが沸々と沸き上がった。
勝手に家を出て、何日もほっつき回って新八達に心配をかけ、
その挙げ句熱を出して担ぎ込まれたこの馬鹿な男。
――おまけに私のご飯には手を付けないし。
当てていた手で、軽く額を叩いた。
うぅ、と少し苦しげに唸る銀時を見て少し気が晴れる。
傍らの膳を回収すると、静かに立ち上がって出口へ向かう。

銀時がこの家を出た理由は聞いていない。
新八は何か知っている様な顔をしていたけれど、何も聞かなかった。
気にならないわけではない。
しかし、聞いても新八は答えてはくれないだろうし、
自分がそれを知った所でどうなるわけでもない。
ただ自分は、この不器用で優しい馬鹿な男が新八達にとって大事な存在である事を知っているから、
彼らの側に居てくれさえすれば良いと思う。
この男が背負っている過去のしがらみが今回の事件の発端で、
その事件によって新八も危険な目に遭ったけれど、
それでもあの優しい弟はこの男を慕っているのだから、
第三者である自分がとやかく口を出す必要など無い。そう思う。

襖に手を掛けようとすると膳が少し傾いて中の食器が僅かに動いた。
慌てて持ち直して目をやると、椀の下の白い物に気付いた。
――何かしら。
膳が傾かない様、片手で抱えて白い物を取る。
それは折り畳まれた紙だった。
訝しみながら紙を開くと、中には見覚えのある筆跡で、

『すまん、ありがとう』

ただそれだけ。
平面で書かなかったのだろう、文字は歪んでまるで子供の手習いだ。
――下手な字。
思ってお妙は微かに笑う。
仏頂面で筆を走らせる銀時の姿を想像すると笑いがこみ上げてくる。
額を叩いた時よりもずっと気持ちが軽くなる。
振り返って眠り続ける男を見る。
「銀さん、起きてるんでしょう?」
先ほどと変わらず寝息を立てているが、その背が僅かに緊張している様に見えるのは気のせいだろうか。
「…本当、あなたって仕方ない人ね」
反応は無し。
やれやれ、と首を振って部屋を出た。
襖を閉める瞬間、銀時が何か言ったような気がしたが、
その声は散歩から帰ってきた新八と神楽の元気な声にかき消された。
「ちょっと神楽ちゃん、外から帰ってきたらまず手洗いうがいって毎日言ってるでしょ!!」
「うるさいネ小姑!私の手はいつでも綺麗だから必要ないアル」
「そんなわけないでしょ、さっきも落ちてたボールで定春とキャッチボールしてたじゃないか!!
 ばい菌だらけのままで銀さんの部屋入ったら駄目だからね!!」
「マジウザイ」
「反抗期!?」
喧嘩しながらも銀時の元へ向かおうとする2人のやり取りは、
きっと不器用で優しくて正直じゃない馬鹿な男にも聞こえているのだろう。
――あなた、かなり愛されてるわよ。
布団の中で聞き耳を立てているであろう男の事を思うとまた笑いがこみ上げる。
「あ、姉上。ただ今戻りました!!」
「ただいまヨ姉御!!」
「おかえり新ちゃん、神楽ちゃん」
2人を出迎えながら、お妙はそっと白い紙を袂に隠した。




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