□似た者同士
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「そんでよ、俺がせっかく買ってやるから来いっつってんのにこいつ寝ぼけてやがって」

スナックお登勢のカウンターでくだ巻く銀時に熱燗を出しながらお登勢は隣に座る女を見た。
こいつ、と銀時が示す女は問えば月詠と名乗った。
綺麗な造作に不似合いな傷がさせるのか、無機質な表情を浮かべ静かに酒を飲む姿にお登勢は眉間に皺を刻む。
――そういえば昔、
こんな表情したやつが来た事があったね。
こういう表情をする人間に出会ったのは初めてではない。
この店に来る客の中にも、何人か居た。
彼らは一様に無機質で、己の事を何一つ話そうとはしなかった。
しかしそれは彼ら自身が望んでそうしているのではなく、住む環境、生い立ちなどがそうさせているのだと知っている。
ふぅ、と煙草の煙を吐いてぐだぐだと話続ける銀時を見る。

「ようやく準備させて店連れ出しても、一っ言も喋りゃしねぇの。時々あぁ、とかうん、とか言うだけでよぉ」

情けないまでに緩んだ顔に朱がさして、猪口を片手にくだを巻く銀時の愚痴は止まらない。
これほどまでに罵られて、何か言い返しはしないのかと月詠を見るが一向にその気はないようで、手元の何かを一心に見つめている。
おや、と気づくと僅かに口角が上がり柔らかな表情になっている理由は、その包みにあるようで。

「それ、大事なモンなのかィ」

突然話しかけられた事に戸惑うように思わず握りしめた包みがくしゃ、と音を立てる。
何を問われているのか、と気づかぬようなので視線で示してやるとあぁ、と手元を広げる。

「これは、さっき」
「さっき俺が買ってやった煙管ですぅ」

ひょい、と月詠の手元から包みを奪おうと手を伸ばす銀時の手に手刀が襲う。

「何すんだクソ女っ」
「何をするはわっちの台詞じゃ。人の物に手を出そうだなどと考えるぬしが悪い」
「人の物?おいおい月詠ちゃん、ちょっと2時間前を思い出してみ?それ買う金出したのは誰だったかなー」
「ぬしの手からわっちに渡った時点でこの煙管はわっちの物じゃ。ぬしの物だと証拠があるなら見せなんし」
「言ったね?今見せろっつったね?よーしお前これ見てびびんなよ、これさっきのレシー」

ごそごそとズボンのポケットを探る銀時はぴたりと動きを止めた。
じわり、と汗が浮かぶ顔はぎこちない動きで隣でほくそ笑む女を見上げる。

「おい」
「何じゃ」
「俺の財布が・・・無ぇみたいなんだけど」
「それは事件じゃな」

おー恐ろしい、と言いながらその瞳は実に愉快そうに笑っている。
そしてその左手にはひらひらとくたびれた財布が握られている。

「ならば先ほど拾ったこの巾着でわっちが支払をしてやろう。
なぁに気に病む事はない。ぬしがわっちに借りを一つ作るだけの事じゃ」
「ふ、」

ふざけんなァ!と怒り爆発の銀時を軽く躱す。
酔った頭では思う通りに手足が動かず、まるで子供のように軽くあしらわれて再び机に突っ伏す。

「あーちくしょ、後で覚えてろよテメー」
「郭の女に覚えてろとは、ぬしも中々粋を言う」

そうじゃねぇよバカヤロー、悔しげに頭を掻く銀時を見つめる月詠の瞳は実に幸せそうに。
緩くのぼる煙の行方を追いながら、お登勢は少し笑った。

「んだよババァ、何ほくそ笑んでやがる」
「大家様と呼びな。あんたにゃ関係ないことだよ」

納得のいかぬ顔をして更につっかかろうとする銀時を一瞥して、静かに煙管を見つめる月詠に向き合う。
「なぁ、あんた」

す、と顔を近づけて瞳を覗き込むと驚いたように見開かれる。
その肌も、瞳も、全ての造作が美しくかたどられた頬を少し優しくつまんで、

「せっかく女に生まれてきたんだ。たまにはこういう日もいいだろう?」

月詠だけに聞こえるように、そっと耳に吹き込んでやる。
まるで意味がわからない、というように顰められた眉間を軽くはじいて、お登勢はため息をついた。

「似た者同士だよ、あんた達は」

他人のことには勘がいいくせに、自分の事となると驚く程鈍感になる。
例え自分の気持ちに気付いたとしても、不器用な対応しか出来ないのだろう。
お登勢の言葉の意味がわからず、ぽかんと並ぶ二つの顔を眺めて、お登勢はまた一つ大きく笑った。




▲2萬打企画リク。氷雨様に捧ぐ。


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