□許されはしない
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「出立は明日だ。松平のとっつぁんには俺が添状を書いておく。近藤さんは嫌がるだろうが、何があっても傍を離れるな」
そう言うと土方は再び庭に向き直った。
この話はこれで終わりなのだろう。
拒む事の出来ない、絶対的な命令。
その背を見る事しか出来ない状況に口惜しくなって、視線を畳に落とした。
はい、といつものように答えなければ。
でなければ、土方の怒りの鉄鎚がすぐさま下るだろう。
それでもいい、と半ば自棄的になる己を抑える事もせず、土方の怒りが爆ぜる時を待った。

「山崎」
だが、沈黙を破ったのは想像とは違う声。
今にも泣き出しそうな、鬼と呼ばれる男からは想像の出来ない。
視線を上げると、月に照らされた横顔が、僅かにこちらを向いていた。
「頼む」
その声に込められた、この男の想い。
本当は、今にも走って近藤の傍へ行きたいのは彼なのだ。
近藤の隣に立って、その刀を振るいたいのは彼なのだ。
それが叶えられない、叶える事は許されない。
何故なら彼も、絶対の言葉に縛られているから。
戦場を離れる間際に、近藤から託された言葉。
真選組を頼む、と。
その為に、彼の唯一にして最大の願いを叶える事は諦めねばならない。
代わりに、山崎を近藤の護りに付ける事が、彼が彼の為に出来る唯一の事。
ちらりと見えた、一瞬の横顔に土方の弱さを見つけてしまった事に罪悪感を覚えて、山崎は静かにはい、と応えてその場を去った。

廊下を歩き、部屋へ戻らねばならぬのに自然と足は土を踏んでいた。
夜気を肺に吸い込んで、屯所の外へ向かって歩く。
宿直の隊士に声を掛けられたが、適当に返事をして外へ出た。
気持ちの赴くままに、どこへ行く宛もないまま、ただひたすら走った。

護り、慕い、戦う。

そう決めたのに。
一生付いて行くと、誓ったのに。

俺は、あんたと同じように、ただ一つの願いを叶える事が出来ない。

俺があんたに忠誠を誓う限り、
あんたの傍らで死ぬ事さえ許されない。




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