□許されはしない
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攘夷派との戦中に、ほんの僅かな安らぎが訪れた日の夜。
近藤の状況を知らせる文が、近藤付きの監察から届いた。
その文を読んだ土方の顔が僅かに歪んだのを山崎は見逃さなかった。
「副長、局長は」
思わずかけた声に、ぴくりと眉だけ動かして土方はこちらを見ぬまま大事ない、と答える。
「まだ刀を握る事は出来ないが、幕府の上の奴らにてめぇの持論を説いて回ってるらしい。
近藤さんは刀持った時よりも、自分の信じる正義を振りかざした時のが怖いからな。向こうは随分と荒れてるようだ」
微かに笑ってみせて、心配するだけこっちが損だと言って立ち上がると、縁に出て月を見上げた。
山崎の居る場所からは土方の背しか見る事は出来ない。
だが、その背中だけで、土方が今何を考えているかを知ってしまう。
ずっと、その背を追って生きてきたのだ。

「山崎」
呼ばれた声に、緊張が走る。
彼が何を言うか、何を望んでいるのか。
そんな事は、言われなくても手に取るように分かる。
――いやだ。
拒む事など許されない。
彼の命令は、絶対だ。
だが、心は。
思う事を、止める事は出来ない。

「近藤さんのもとへ行け。近藤さんの持論は今の幕府には毒過ぎる。
常に傍を離れるな。だが、近藤さんには気取られるな。幕府の奴らに対する牽制にさえなればいい」
「しかし、こちらはどうするんです。戦場の情報を集めるのは俺の」
仕事です、と呟いて黙り込む。
無意味なのだ、そんな事は。
土方が決めた、彼の論理に逆らうなど不可能。
それに近藤が絡んでいるならば尚更。
そんな事は、わかっているのだ。

「いかれた戦場の情報収集なら他の奴らでも十分用足りている。
だが、人手の少ないあちらはそうはいかない。それに医術の知識のあるお前なら適任だろう」
黙り込んだ山崎の心中を読んでか、振り返って静かに言い放つ土方の声は優しい。
確かに、統制のとれていない幕軍の伝令などを戦場で捕まえてしまえば、情報を得る事は容易い。
それに比べて、近藤の居る療養所とは名ばかりの幕軍本隊がある江戸城には、攘夷派と繋がった天人の息がかかった役人ばかりが顔を揃え、どうすれば反乱分子を上手く消す事が出来るかと日々考えているらしい。
その反乱分子とは、攘夷派の敵意を一身に浴びる真選組。
将軍に忠誠を誓いながら、幕府の意向など聞かずに、己らの信ずる誠を正義とする厄介な存在。
しかし今、その頭である近藤が怪我を負い、すぐに手の下すことが出来る場所に居る。
これほどの良い機会は他にあるまい。
土方は、それを恐れているのだろう。
この男の最も恐れる事は、近藤という人間の喪失。
近藤が居なければ、彼の世界は終わりを迎える。

わかっている。
土方の全ては真選組ではなく、近藤の中にある事。
己がいくら忠誠を誓っても、いくら義を通しても、近藤の代わりにはならないという事。
そんな事は武州から出てきた彼らに出会った時からわかりきっている事なのだ。
――ただ、
近藤を護る土方の背を護る存在に、なりたかった。
ただ、それだけ。
それだけが、己の全て。


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