話
□雨と消える
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その髪色にも似た刀身を喉元に突き付けられながらも、土方は不思議と恐怖を感じはしなかった。
戦場の鬼神。
白き夜叉。
そう謳われた男が目の前にいるというのに。
その男を捕らえなければならないのに。
「ふざけんじゃねぇ」
光る剣先を掴むと、手の平にじわりと痛みが走る。
紅い血が一筋、流れた。
少し驚いたように見開かれた眼に、光を探す。
この男が持つ、鋭く光る、銀色を。
「てめぇは違うだろ」
家族を捨て。
剣を取り。
国と戦う。
「そんな大層な人間じゃねぇだろ、てめぇはっ」
胸倉を掴み壁に押し付ける。
意外にも抵抗なく退かれた刃はあっさりと地に落ちた。
見返す瞳に、光は。
「俺ァてめぇに借りがある。だから、このままガキ共の所へ戻れ。そして二度と攘夷家なんざと接触すんじゃねえ。そしたら」
そこまで言って、ふと気付く。
力無く垂れていたはずの男の手が、固く握りしめられている。
「悪ィな」
ずん、と鈍い衝撃が腹部を襲った。
思わず襟首を掴んでいた手を解き、咳込むと続けて首に一撃をくらった。
ぐらり、と揺れる視界と共に地に崩れる。
ぱしゃり、と水を撥ねて歩き出す靴底に手を伸ばす。
だが、その手は虚しく虚空を掴む。
――待てよ。
お前を慕ってるガキ共を、どうするつもりだ。
ここまできて、放り投げるつもりか。
お前の事を家族と思ってる人間よりも、戦いを望むってぇのか。
ふざけんな。
てめぇは白夜叉なんかじゃねぇ。
ただの万事屋だろ。
遠退く意識の中、振り絞って叫んだ声は、霞む雨の景色に消える姿に届いたのだろうか。
ちらりと見えた横顔に浮かんだ微かな笑みが、その答えを曖昧な物にして雨に溶けた。
▲10000hitキリリク。綾芽様に捧ぐ。
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