□誓い
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祭りの喧騒。
人の波。
闇夜に浮かぶ灯火の群れ。
常なら己を高揚させる要素であるそれらが、
今は焦燥を呼び起す忌まわしい要素となっている。

戻れ、戻れ
心が叫ぶ。
戻れ、走れ
身体が叫ぶ。

前を歩く二人の少年の姿が人波に紛れた瞬間、
踵を返して駆け出した。
浮かれる人々を掻き分けて、ただただ夢中に走り続ける。
頭の中を占める、大切な人の優しい顔。
それを失ってしまう瞬間。
その時が刻々と迫る、恐怖。
それらが波のように押し寄せて、走りながら叫ぶ。

消えてしまう。
失ってしまう。
いやだ。
いやだ。

祭囃子が遠ざかる。
耳に鳴るのは己の慟哭。
頬を伝うは恐れの涙。

ようやく見えた家の灯りに飛び込むように中に入る。
「先生、先生っ」
深と静まった家の中が怖くて、
静寂を壊すように声を張り上げる。
何刻にも思えた数秒の後、廊下の奥の襖が開いて松陽が現れた。
手燭をかざして近づいて来るのを待つのももどかしくて、
乱暴に草履を脱ぎ捨て框に上がる。
「晋助ですか?」
手燭の灯りが、松陽の驚いた顔を照らした。
「どうしました?銀時と小太郎と祭見物に行ったんじゃぁ…」
松陽の言葉を遮るように懐に飛び込んだ。
「…晋助?」
腕の中の子供の行動に驚きながらも、松陽は優しくその髪を撫でる。
涙と鼻水で濡れた顔を見られたくなくて、
その胸に顔を押し付けると、温かな体温が自分を包んだ。
この人は、生きている。
そんな当たり前な事が、嬉しくて堪らない。
幼い自分が抱くには大きすぎる身体を、小さな腕でぎゅっと抱く。
それに応えるように、自分を抱く腕にも力がこもる。
「どうしたんです、晋助?」
優しい声が心を撫でる。
このまま穏やかな時間に身を置く事が出来たら、どれだけ幸せだろうか。
しかし、このままで居るわけにはいかないのだ。
ぐい、と身体を離して、驚く松陽の目を見据える。
「先生、逃げて下さい」

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