□蛍[沖田]
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蛍を見に行こう、と突然誘われた。
そんなもん見て何になるんだ、と思ったが、
他ならぬ近藤の誘いであれば、断るわけにもいかない。
気に食わない、あの仏頂面の鬼副長も来るのか、と聞いたら、
あいつは興味ないってさ、と少し寂しげに微笑まれた。
近藤の誘いを断るなんて珍しい、とも思ったが、
居て欲しいわけでは決してないので、そうですかィ、と答えておいた。
夕方になって出掛ける頃、ちら、と副長室を覗いてみると、
非番だというのに机に向かって書き物をしている背中が見えた。
その背中に二言三言、暫く腹立たしくいられるような言葉を投げかけてから、屯所を出た。

蛍が見れる、という川辺に着いた途端、総悟は近藤の意図に確信を持った。
先客が居たのだ。
お妙の姿を認識すると、近藤は一目散に大声で叫びながら駆けて行った。
懲りない人だな、と思いつつもその後を追う。

お妙の側には、見覚えのある、紅色が居た。
「よう、チャイナ」
「私に話しかけんじゃないネ、極悪警察」
ふい、とすぐに顔を背けて、少女は蛍を追って行く。
その後を追うように、総悟はゆっくり蛍を見ながら歩を進める。
ちらり、と光ったかと思うと、ふわり、と漂っては消える。
夜気に混じる水辺の匂いと、蛍の光を見ると、
死後の世界ってのもこんなものなんだろうか、と思ったりした。

「おーい、チャイナさんよぅ」
「さっきからうるさいネ!!一体何アルか!?」
くるり、と振り向いたその顔は普段より一層苛立っているように見え、
そしてどこか、何かに怯えているようにも見えた。
「あんた、何でこんな小せぇ光追いかけて喜んでんだィ」
「そんなの、お前に言う必要なんか無いネ。
腐った大人の考え方しか出来ないから、この綺麗さがお前にはわからないネ」
フン、と少し挑発的に見返す瞳に軽く苛立ちを覚える。
それはこの少女の態度に対してなのか、
それとも、この少女の強い瞳のせいなのか。

「こんな小せぇ光追いかけたって、すぐ消えて無くなっちまうだろィ」
苛立ち紛れに吐いたその言葉に少女は身体を強張らせると、
意志の強い、しかし、透き通った瞳で総悟を見返した。
その瞳に捕らえられた瞬間、しまった、と思った。
惑う事も、疑う事も知らぬ。
その瞳を持つ少女に、自分は何がしたいのか。
何を問い掛けたいのか。
何を、欲しているのか。

「光は」
鈴のような声が、風に飛ぶ。
「消えてなくなったりはしないネ、絶対」
確信を持って言われたその言葉が、
願う者の言葉のように聞こえたのは、気のせいか。
行くよ、定春!と少女は踵を返すと、遠くに居る万事屋の主のもとへ走って行った。
瞳に捕らわれていたのは、ほんの数秒にも満たない時間だった。
だが、その時間はとても長く感じられた。

「おーい、総悟。帰ろうか」
来た時よりも疲れ果てた近藤の姿に、目を瞠った。
何でこんなになるのに、諦めないんだろうか、と内心呆れた。
「もう良いんですかィ」
「あぁ、お妙さんもう帰るみたいだからな」
名残惜しそうに見送る近藤の視線を辿ると、
背を向けて歩き出す万事屋一向の姿が見えた。
飄々と歩く銀時の手を、しっかり握って離さない少女の姿を見つけて、
何だか少し、寂しいような悔しいような思いを抱いた自分に驚いた。
手を繋ぐ相手が自分でないのが、悔しいのか。
それとも、手を繋ぐ相手が居ないのが、寂しいのか。
わけのわからない自分に困惑しながら、目に焼き付いた万事屋の姿を振り払って、
総悟は先を行く近藤の後を追った。




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