□蛍[新八]
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「蛍を見に行きましょう」
という姉上の突然の発言により、僕らは蛍を見に行く事になった。
神楽ちゃんは蛍を見た事がないと言うし、
僕も幼い頃に見たきりだったから、久しぶりに見てみたいと思った。
けど、いつもは何かに付けて文句を垂れずにはいられない銀さんが、
何の文句も垂れずに付いてきたのは、不思議だった。


夕闇の中を仄かに光り飛ぶ蛍の姿に神楽ちゃんは感動したようで、
先ほどから定春と姉上とはしゃいでいる。
そんな姿を見ると、やっぱり女の子なんだなぁと思ったりするけれども、
こんな小さな感動はまたすぐにいつもの現実にかき消されるのを僕は思い知っている。
けれども、そう思わずにはいられない程、神楽ちゃんはとても楽しそうに見えた。

「神楽ちゃん、凄く嬉しそうですね」
「あぁ」
その気のない声が気になって、隣に立つ銀さんの顔を窺ってみた。
ただぼんやりと、蛍を眺めているだけかと思ったら、
その眼はしっかりと蛍の光を追っていた。
「銀さん、蛍好きなんですか」
何となく、言ってみた。
ただ、本心からそう思って言った言葉ではない。
蛍を見る眼が、とても愛でているようには見えなかったからだ。
「いや、好きでもねぇけど、嫌いでもない」
どっちなんですか、と言いつつもまたちらりと窺う。
その眼は相変わらず、蛍の光を追っている。
「まぁ、ただ何だ。凄ぇなとは思うよ」
「どういう事ですか」
その言葉の端に、何かひっかかりを感じた。
銀さんが姿を消したあの時の不安が、ちらりと心を過ぎた。
けれど。

「こんな綺麗に飛び回ってんのはよ、俺達人間に綺麗だなぁとか、
無垢な気持ちを思い起こさせてくれるとかそんな事のためじゃなく、
ただ単純に交尾の為だけってのは…凄い意欲だよな、こいつら」

凄ぇよ、本当。お前の思考回路が。
僕は大きくため息をつくと、銀さんに背を向けた。
――心配する必要なし、か。
蛍を見に行くと決まった後の様子から、どこか淋しさというか、
そういう物を感じたからずっと心配していたけれども、大きな勘違いだったようだ。
――僕はこの人みたいな、汚い大人にはならない。
そう心に誓って、僕は姉上達のいる幸せな現実へ向かった。


その時、銀さんが少し寂しげに何かを呟いた事に、僕は全く気付かなかった。




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