□衝動
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砂埃の向こうに、迫る幕軍の影が見えた。
彼等の身につけた鎧の音が荒野にこだまして、不気味な旋律を奏でる。
まるで攘夷志士を送る葬送曲のように。
その音に耐え兼ねて、桂が切り出した。
「高杉、ここは退こう。このまま奴等とぶつかっても」
「怨敵を前にして、逃げるってのか」
「違う、一旦退いて体制を立て直す。皆先の戦いで疲弊している。このまま奴等とぶつかっても犬死にだ」
「それでもいいさ」
すらり、と刀を抜き放ち背を向けた。
朱く染まった衣が、幕軍に翻る反旗のように吹き荒ぶ風を受けて膨らむ。
「俺は幕府をぶち壊すまで止まりはしねぇ」
自分に言い聞かせるように、強く、強く言った。
――安寧なんぞ、求めちゃいけねぇ。
脳裏にあの日の映像。
自分達を庇って倒れた人。
全てを賭けて護りたかった人。
誰よりも愛した人。
松陽先生。
一声吠えて駆け出す。
呼び止める声を、掻き消すように。
温かな思いを、捨てゆくように。
風は冷たい。
周りには屍。
前方には闇。
在るは己が身一つ。
それでも、行く。
越える、衝動と共に。




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