□rain
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雨の音を聞く。
雨の光を見る。
目の前を幾千もの雨粒が落ちていくのに自分はそれに触れる事も出来ない。
気力を振り絞って、四角く切り取られた世界から縁へと出てはみたものの、
そこで障子にもたれているだけで精一杯。
熱を帯びた頭が重たい。
呼吸をする度に鳴る喉が煩わしい。
軽く咳をするだけで軋む身体に苛立ちを覚える。
床で寝たきりだから、そんな風に考えてしまうのだろうと思って
こうして身体を起こしてみたのに、状況は何ら変わりはしなかった。
――それでも、少しは風を感じる事が出来るだけましか。
茫として雨を見つめた。
雨粒は一瞬で地に落ちて弾ける。
その上からまた何千粒もの雨粒が落ちて、弾ける。
同じ雨粒など一つも無いというのに、雨の景色は常に同じに見える。
――あぁ、でも。
ふと思い出す。
一つだけ、景色の違う雨の日の記憶。
幼い頃の記憶だというのに、何故か鮮明に思い出す。

自分を腕に抱く近藤の温かな体温。
重くなったなぁ、と笑いながらも彼の足取りは軽い。
その横で一つしか無い傘をさす不機嫌そうな土方の横顔。
しかし、その傘は総悟と近藤が濡れないようにと少し傾けてさされている為
彼の左肩は重たそうに水を吸っている。
そうやってあぜ道をゆっくり、ゆっくり歩いた。
雨粒がきらきらと光って見えた。
雨粒が傘を打つ音さえも心地よかった。
雨の匂いが、鼻の奥をくすぐった。

せめて匂いだけでも同じものを感じられるかと思い嗅いでみた。
同じ匂いがしたような気が一瞬したが、瞬時に苦い匂いが流れ込んだ。
「何やってんだよ」
隊服に染み付いた煙草の匂いと共に土方が現れた。
総悟が床に伏してから吸わなくなったとはいえ、染みついた匂いは消えはしない。
その匂いは既に土方の一部と化しているのだし。
土方が煙草を止めて間もない頃に、総悟は何度か言った事がある。
煙草を止めようと、自分の病は治りはしないのだから無理はよせ、と。
しかし、そう言うと土方はいつもそっぽを向いて
「別にお前の為じゃねぇ」
と仏頂面で返すので、総悟は言うのを諦めた。
毎回同じ反応しか返ってこないのに飽きたのもあるが、何となく気まずかった。
「誰が外出ていいって許可したんだコラ」
総悟が返事をする気が無いと見て取ると、土方はおもむろに腕を伸ばした。
襟首を掴まれるのだろうか、と思った瞬間自分の身体が宙に浮いた。
急に視界が高くなって総悟はかなり驚いた。
「な、何するんですかィ」
自分を肩に担ぐ土方の後頭部に声を投げる。
「強制連行だ、大人しく担がれてろ」
「連行って、どこに」
訪ねてからはた、と気付く。
「まさか入院させる気ですかィ」
それだけは嫌だ。
自分の最期をあんな空間で過ごす等考えられない。
自分の最期の場所くらい、自分で決める。
最期の場所は、もう決めてあるのだ。
もがこうとするが力が入らない。
「暴れんな。入院なんざさせるか」
あー重てぇなお前は、と言いながら総悟を担ぎ直す。
「祭りだよ、祭り」
「こんな時期に祭りなんかあるんですかィ」
「あるんだよ」
どこか楽しげに言われたその言葉に総悟は閉口した。
――土方さんの機嫌がいい時はろくな事がねェ。

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